long

□1
1ページ/1ページ

 今は春休み。私は大きな外出用の鞄を持って昼間の暖かい日差しに包まれていた。

 目の前に立っている荘厳な建物。周りに生い茂る緑に相対する赤い煉瓦は何年も前に建てられたハズだが、朽ちてはいなく、蘿が這っていた。

 私、鏡音鈴(かがみねりん)は今日からこの鏡ノ宮音(きょうのみやね)家で働く事になる。

 私の家は代々この家に仕えていた執事らしく、私もお爺ちゃんにこう言われていた。

『鏡ノ宮音家の当主はとても素晴らしい人だ。お前も働ける年になったら鏡音家に恥じぬように立派に動いてくれ』と。

 両親を早くに亡くした私を育ててくれたお爺ちゃんに少しでも恩返ししたいから、私はこれから高校に通いながら、ここでメイドとして働く。

 日本にあるのが不思議なくらいに広く優美な洋館の扉の前に立っている私は異世界にいるような気分になった。

 ここが本当に常に日本の経済のトップに輝き続ける鏡ノ宮音なのか?私のようなほとんど一般人という人間が来てもいいのだろうか。
 大きな扉のノブに触れ、此処に自分がちゃんといるという事を実感する。
 ギィ……という音にびくつきながらも、内心は好奇心に満ちていた。

 中を見て一番に目に飛び込んで来たのは大きなホールだった。
その真ん中にはキレイに細工された階段が、右と左に伸びていた。
まるで……そう!お伽話に出てくるような感じだった。

 そろそろと中に入ると、後ろからいきなり抱きつかれた。
「きゃっ!」
 驚き、体が硬直する。その間にも手は胸に移動して、やわやわと揉んできた。
「ひゃぁっ!」
 なんでいきなりこんな事に!? 私の頭はパニックに陥って、手をバタバタしてもがいた。

 すると手の主ははさっと素早く身を引いた。

 私は振り返った。こんな事をした奴には一言言わないと気が済まない!

 眉間に皺を寄せ、軽く紅潮した顔を後ろに向けると、金色の髪をした少年と目がバッチリと合った。
 え、もしかして私の胸を触ったのはこのすごく自分と同い年な感じがする美少年ですか?
まったくそういうふうには見えない……。

 全体的に整った顔立ちで、大きな翡翠の瞳が白い肌によく映えている。正に絵に描いたような少年。
その少年の顔が見下すように歪んだ。そして何も言わぬまま、私のすぐ横を通って右の方の階段を登っていってしまった。

「一体なんだったの?」

 頭の上にハテナマークを沢山つけた私の肩に誰かがそっと手を乗せた。
私は反射的に臨戦態勢をとった。が、鉛玉が来るわけでもなく、落ち武者が襲ってくるでもなく、逆に相手の方がビックリしていた。
 20代前半位の若い男の人で黒い燕尾服をうまく着こなしている。
特徴的なのは、今は春なのに首に青いマフラーをしていること。 どう見ても毛糸でできている……。
 せっかくカッコいいのに勿体ないと思っていたら、軽く首を傾げてこう言った。

「鏡音鈴さんですか?」
 少し長めの空色の横髪がそっと揺れる。深い海を思わせるような声は彼の外見とぴったりだ。
 私は驚いた。なんで名前を知ってるんだろ……?
 私が答えないと彼は微笑んで言った。

「僕は神威快翔(かむいかいと)。ここの執事です」

「えっ……執事さんですか?ここの家の人かと……」

「あはは。よく言われるよ」
 言われるんだ……。なんかちょっと変?

「住み込みで……だよね?」

「はいっ。鏡音鈴です今日からよろしくお願いします!」

 ペコッとお辞儀をする私を見て快翔さんは笑いながら言った。

「元気だね。これならやっていけそうだな」

 どういう事だろう?そこまで元気が必要かな?
「今、この屋敷には僕を入れて三人しかいなかったんだよ」

「えっ!?なんでですか?」
 私がそう言うと快翔さんは苦笑いしながら言った。

「あはは坊っちゃん達がね……。君には後で紹介するよ。まずは仕事内容と使用人を紹介しようか」 そして右の階段近くの部屋に入った。
 談話室のようなもので、そこにはメイド服を着た少女と快翔さんのような燕尾服を着た少年が皮張りの高そうなソファに座ってくつろいでいた。

 ドアの開く音に気付いたのか、二人ともこちらを向いた。すると、メイドの少女がダッと私に向かって走ってきた。

「かわいい〜!」
「!?」
 そして、物凄く顔をちかづけて猛スピードで質問を浴びせかけた。
「名前は?何歳?これ自毛?色白〜!目大きい!華奢だし全体的に小さいしかわいいな〜彼氏いる?いなかったら私と………」
「初音さん……そんなに一気に仰ったらわかりませんよ?」

「はーい」

 とりあえず快翔さんのおかげで助かった……けど。

 なんだろう?すごく熱い視線で見られてる?

「はい。じゃあ自己紹介と行きましょうか。えーこちらの方は鏡音鈴さんです。今日から住み込みで働いてもらいます。」

「えと、不慣れですがよろしくお願いしますね」
「鈴さん、こちらの方が初音未來(はつねみく)さんで、あっちの男の子は巡音琉騎(めぐりねるき)君です。」

「よろしく鈴ちゃん
 初音さん……が満面の笑みで手を差し伸べてきた。
「はいっ……よろしくお願いします初音さん」
 私はその手を握り返す。
「呼び捨てでいいよ?私も今年で高校だし。私ね、同年代の女の子がいなくって寂しかったの!だから鈴ちゃんが来てくれて嬉しい!仲良くしようね」

「うん。あり…がと……」

 そう言って笑うと未來ちゃん……も笑ってくれた。

「あと、琉騎君もよろしくね」
「ああ。」
 なんか……素っ気ないな……。すると未來ちゃんが小声でひそひそと話して来た。
「大丈夫だよ。琉騎は鈴ちゃんが可愛いから照れてるだけなの!」
 その声が聞こえたのか琉騎君は「五月蝿いっ!」と言って部屋を出ていってしまった。横目で見た彼の耳は微かに紅くなっているように見えたのは気のせいかな?

 ところで気になっている事が一つ。

「なんでこんなに人が少ないんですか?」
 そう、さっきの部屋もこの部屋もかなり大きい。なのに使用人の数が少なすぎる。

「あ〜それはね。此処は子供部屋たいな屋敷なんだ」
「子供部屋……?」

「要するに、成人するまではここで生活するんだ」
「えっでも少なさに関係があるんですか?」
「まあ、それで親とかもいなくて自由な訳だ。そしたら坊っちゃん達が……色々と悪戯したりしてね…………ここまで減少しちゃったんだ」

 悲しそうに言う快翔さん……。本当は未來ちゃんみたいに寂しいのかな?

「何はともあれ君の仕える方を紹介しなくちゃね」
 そう言って快翔さんは部屋を後にした。

 階段を右に昇って一番上の三階にやってきた。


 私はふと、階段へと消えていった少年の事を考えた。使用人ではないようだし………。
もしかして私が仕える人だったりして……。

一際豪華な装飾の施された両開きの扉が私を出迎えていた。

コンコン

「蓮様、失礼致しますよ」

 そう言って快翔さんは扉を開けた。そこは今までの所より大きな感じがした。
 全体的に白黒で統一された部屋の隅には天蓋つきのダブルベッドが鎮座していた。

 その上に、金髪の少年が一人、本を開いていた……

あれは……。

「ああっ!さっきの!?」

 そう、さっきの抱きついてきた少年だった。


「ああ、小柄な割に意外とあった奴か」

 パタンと閉じた本を横に置いて少年が此方に歩み寄ってきた。

「かい兄、なんでコイツ連れてきてんの?」
「あはは。蓮君のメイドがいなくなっゃいましたからね〜。替わりにこの鏡音鈴さんにしてもらおうと思いまして」

「えぇっ!?……ちょっと遠慮したいです」

 これを言ったのは勿論私。だって……こんなエロそうな奴なんかに……!
「いやあ、でも皆埋まっちゃってるし。仕事だから。それに……」
 そう言って蓮と呼ばれた少年を見てから私を見る。

「鈴さん気に入られたみたいだから」
 えっ。どこがですか!?

「じゃあ僕はお昼の支度しなくちゃだから。蓮君セクハラは駄目だよ?」

 そう言って快翔さんはいい笑顔で来た道を戻っていった……。

 残された私はどうしようもなくうちひしがれていた。

「おい、お前」
 いきなり声をかけられた。しかも代名詞!絶対に俺様な感じだ……。

「……なんですか?」

「仕事の服が必要だろう?そこのクローゼットにあるから来い」
 そう言って歩きだす彼の後を追う。
 クローゼットにはいろんな服があった。丈の長いメイド服や未來の着ているような短いものまで。
そして、それよりも短い物さえあった。

 そして彼の手がその一番短いメイド服の一つに向かった。

「……それは止めて下さい」


「チッ」

 舌打ちした……!?

 それはそうと……メイド服意外のこ……コスプレみたいな服が……。

「じゃあこれだ」

 そうやって差し出されたのはさっきより少し長いものの、やっぱり短いメイド服だった。

 嫌だ。と言いたかったがその目には有無を言わせぬような迫力があった。


「……はい…。」

「これより短いやつならなんでも着ていいぞー。じゃあ、さっそく着替えてみろよ」

「更衣室とかはどこですか?」


「は?ここで着替えれば?てかここで着替えろ。命令だ」

「は?」

「更衣室は無い。シャワールームなら有る。だからここで着替えればいい以上」

「なっなっ……!」

「主人命令だぞ」

「うっ」

 せめて出来るだけ離れた所で着替えようとしたら止められた。

「一人じゃ着替えられないだろう?」
 ……確かにワンピースのように後ろにチャックがあるタイプで一人では着れそうにない。


「っ……お願いします」

「素直が一番だ」とニヤニヤ笑った。



 視線が刺さる。見られてる見られてる。

「お〜肌白〜。綺麗だ」

 う〜。絶対に顔赤いだろうな……。

「うん。やっぱり女は鎖骨だよな。それか胸」


「なッ!?」

 一瞬にして全身が赤く染まる。下着姿のまま踞ると、カツンカツンと近づいてくる音が聞こえた。 冷たい手が肩に触れる。びくっと肩を震わせると手はどこかに行き、代わりに暖かく、柔らかいものが落ちてきた。

「!?」

 すぐにそれが唇だと気付いた。肩に吸い付くそれに体中の熱が集中する。


「っ……ひゃっ!」

 とても長い時間に感じた。けれどしばらくすると唇は離れ、左肩に赤い跡が残った。

 彼は私の髪を掬いながら言った。


「お前の白い肌によく似合うな“鈴”。これは俺のモノの印だから」
「なんでそんな!」

 わけがわからない。

「誰かに盗られないように、な」


 やっぱりわけがわからない。

 気を紛らわす為にメイド服に着替えようとする。下着姿のままなんて堪えられない。
けれどやっぱりファスナーには手が届かなくて。
「仕方がないな。鈴はいちいち動作がかわいい」

「可愛くないっ!からかわないで下さい」


「ほら、じっとしろよ?」

 おとなしくなすがままにされる。
 つけられたキスマークは丁度よく服に隠れている……。

足につけたガーターベルトを見ると全体的にコスプレをしている気がする。

 しかもこのスカート……少し屈んだだけで中身が見えてしまう!
 恥ずかしさに身悶えし、フリルがついているスカートを少しでも長くしようと裾を引っ張る、が全く無意味だった。
「あっ、そうだ。お前敬語とかいいからな?家はだいたいそうだし」
「そう……じゃあ少し言わせて?…………この変態!スケベ!嫌い嫌い嫌いー!」

 すっきりしたけど……流石に言ってはいけなかった気が………。でも返ってきたのは罵声でも怒鳴り声でもなかった。

「……………あはははっ…ひひ……腹痛い……」

 笑ってる。どうやら完璧ツボにはまったらしい。どこが面白いのかもわからない………。



「ははは……やっぱりお前気に入った。どんなに嫌いでも夢中にさせてやるよ、鈴」



「笑った後に言われても説得力ないし……」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ