ぶん。

□微熱
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「キスするとした相手に風邪がうつって、治るんだって!」
「へー」

と、相づちをうちつつレンはあきれたように横から漫画を覗き込んだ。
リンが大事そうに開いたページには顔を赤くした女の子と、その子を抱き締めている男の絵が描かれていた。花やらなんやらがちりばめられた画面にうへっとなって身を引こうとすると、リンが振り向いてきらきらした笑顔を向けてきた。思わず、体が動かなくなる。リンの笑顔はレンをもれなく虜にしてしまうというおそろしい効果があるのだ。
にこにこしながらリンが言う。

「レンが風邪になったら、リンが治してあげるね。だってリンの方がお姉さんだから!」

そうきらきらを飛ばしながら(むろんそれはレンにしか見えないのだが)宣言されて、レンは頭のなかがぐらついたような気がした。
濁りのない笑顔で笑うその顔は、姉だと言うわりにあどけない。
なんにもわかってないんだな! 怒りたいのか泣きたいのか、よくわからない感情が沸いたあげくにふいに脱力して、レンはため息を吐いた。

「リン……嬉しいけどさ、それって、どういうことかわかってるの?」
「えっ?」

リンは驚いたような顔をした。ああ、やっぱりわかってないんだ。泣き笑いしたい衝動にかられてレンはうなだれた。
と、リンがパッと顔を輝かせ、わかったというように笑った。
あ、勘違いしてるな。とレンは思った。

「なんだ、気にしなくていいのに! リンはうつされても平気だよ!」
「そうじゃなくて……まぁそれもあるんだけど。じゃなくて、リン、うつすにはなにをしなきゃならないのか、わかってる?」

そう言うと、リンはきょとんとして(目を丸くして首をかしげるしぐさがものすごく可愛くてレンはまたくらくらした)、考えるように目を漫画に戻した。開いたページをじっと見つめる。

――すると、ようやく意味に気づいたのか、急にリンが真っ赤になった。漫画のなかで抱き合う二人を凝視して、どんどん赤くなっていく。
それから困ったように漫画とレンを交互に見て、また漫画に視線を落とすとそのままかたまってしまった。

「……ね?」

複雑な気分でレンは言った。
リンにはもう少し、危機感とかそういうものを持ってほしいな。でなきゃ、こっちがもたない。
そう心のなかでひとりごちたところで、リンがおずおずと漫画から顔を上げて、とんでもない爆弾を落とした。

「……でも、レンならいいよ」

爆弾は、レンに多大な被害をもたらし、さらにはリンにも及んだ。
爆撃にこらえきれなくなったレンは気づいたらリンを抱き締めていた。レンの腕にとらわれたリンは突然のことにびっくりして目を見開いたけれど、抵抗しなかった。
リンの華奢でやわらかい体を腕のなかに閉じ込めて、レンは言葉にできない幸福を味わった。抵抗されなかったのが夢みたいだった。しかも抵抗しないどころか、リンは躊躇いがちにそっとレンを抱き返してきた。
リンの細い腕が背に回り、小さくぎゅっと抱きつかれる。上半身がぴったりとくっつく。そうすると、服を着るとまるで存在を主張しないリンの小振りな胸の膨らみが押し付けられて、反射的にレンの全神経がそこに集中した。
そのやわらかさに、レンの脳みそが茹だる。
レンの意識は理性から離れて、本能のままリンをソファに押し倒した。

「レ……? んっ!」

顔を赤くしたまま、困惑して開かれたリンの唇にレンは自分のそれを重ねた。とたんにリンの体が跳ねたが、ふとももの間に足を割り込ませてレンはその体の上に覆い被さった。
小さくて甘い唇を食み、なんどもついばむ。
そうしているうちにリンのこわばりも解けて、次第に口が開かれていった。誘われるままレンは口づけを深くしていき、リンはひっきりなしに甘い吐息をこぼした。

どれだけそうしていたのか、二人の理性がとろとろにとろけてしまった頃、ふいにレンが唇を放した。どちらも、全力で走った後のように息が乱れている。
レンは呼吸を整えると、まだ大きく上下しているリンの胸元に指を這わせた。びくっとリンが反応する。

「レ、レン……!」

あわてたその声を無視して、レンはリボンを抜き取った。しゅるっと布がこすれるするどい音が耳に響く。

「ねえ、リン」

抜き取ったリボンに口づけて、レンが笑う。その声音に甘いしびれが背筋を襲い、リンはこのときはじめてレンを「弟」としてではなく一人の「男」として意識した。

「風邪をうつす時の予行演習しようよ」
「え、え……っ?」

どきどき高鳴りだした心臓がうるさくて、リンはうまく喋れなかった。わたわた口を開くリンに再び覆い被さって、レンはゆっくりと顔を近づける。
急に男の顔つきになったレンにどう接していいかわからなくて、心の準備もなにもできずにリンはただ目を閉じた。

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