リトルバスターズ
□第二話【リトルバスターズ】
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五月一三日、日曜日。
男子学生寮内にある食堂。
そこで僕はルームメイトで幼馴染の一人である男を連れたって雑談をしながら夜食を食べていた。
だが突如食堂内に響き渡って聞こえてきた声に、僕とその男は思わずため息をついた。
「きょーすけが帰ってきたぞーっ!」
嵩「・・・・・あーあ、」
謙吾「帰って来たか」
それが指し示す意味は、理解したくもないと僕はため息を再度ついた。
嵩「どうするの謙吾・・・・・・?真人は絶対に来るよ」
謙吾「この時を待っていた」
おーい、と。僕は袴姿に竹刀を握って席を立ち上がり、制服でもあり私服化している健吾につい呆れてしまう。
そこにドドドドド!と、食堂に続く廊下側から地響きを鳴らしながら誰かが走ってくる音。
嵩「来ちゃった・・・・・」
ポツリと僕が呟くのと同時に、その地響きを鳴らしていた男は食堂に駆け込んできた。
その男は、身長が一九〇センチは超えているであろう巨体で制服の上からでも分かるほどガッシリと筋肉が引き締まっている。
名前はルームメイトで宮沢謙吾と同じく幼馴染の一人でもある、井ノ原真人。
二人は昔に出会った当初と変わらず犬猿の仲で、意見を違わせてはこれまでに何度も喧嘩を繰り返してきている。
そんな二人を、僕はのんびりと夜食の一品である味噌汁をずずーっと飲みながら見ていると、
真人「ようやく決着がつけられる日がやってきたぜ!」
謙吾「来い」
謙吾の一声に、真人が打って出た。
体を真横に捻り、大振りな拳を繰り出す。
謙吾がぎりぎりのところで避けると、真人の繰り出した拳は、ばきぃぃっ!と僕の後ろの机に命中してひび割れた。
「さすがだな、井ノ原・・・・・・」
「ああ。部活にも入らず無駄に鍛え上げられた筋肉をここぞとばかりに見せつけてやがる・・・・・」
「味噌汁を飲みながらそれを回避する紅蓮も見所だな」
適当な解説が聞こえてくるが聞こえないふりをする。
だって巻き込まれたくないもの。
今度は謙吾の反撃だ。
彼の手には、竹刀が握られている。
その手が、一瞬ぶれて見えるが僕にははっきりと見える。それが何故かは、怒りの頂点に達した育ての親のシスターのチョップを日頃から受けているおかげだろう。
そんなこんなで、謙吾は相対する真人の胸に十字の切り傷を刻んだのだ。
真人「うおぉ!?」
「でた!思春期の性衝動を抑えこんでまで完成させた一太刀!」
「なんと切り傷がオッパイと読めるらしい・・・・・」
「いや、あれは鬱憤、と書いているらしいぞ」
「なにぃ!?それはものすごい画数じゃないか!」
勝手な憶測が飛び交うが、謙吾自身に聞いたところ、『ただの十字切り』らしい。
なおも続く彼らの喧嘩という騒動を、僕は夜食を食べながらも観戦をしていると。
理樹「嵩っ!」
と、野次馬を掻き分けてもう一人の幼馴染であり親友と呼べる少年がやってきた。
彼の名前は、直枝理樹。中性的な顔立ちで、男にも見えるが女装すれば女にも見えてしまう少年で、謙吾と真人と同じ幼馴染の一人だ。
理樹「二人ともいつになく本気だよ!止めてやってよっ」
嵩「えー・・・・・・止めてもきりがないよ」
「おお!紅蓮がついに乱入するのか!?」
僕と理樹の会話を、謙吾と真人を囲んでいた野次馬の生徒が聞き取ったようだった。
その情報は、あっという間に次々と野次馬の中に伝わっていってしまう。
嵩「いや、なんで僕が乱入する形になってるの?」
理樹「嵩お願い!このままじゃ二人とも大怪我しちゃうよっ」
嵩「いやいやいや。僕がするって考えは理樹の中にはないの!?」
理樹「恭介がいない今、嵩しか二人を止められないって!」
理樹に強引に腕を摑まれ席を立たされると、僕に気づき、戦いを繰り広げている二人を囲っている野次馬が道を開き始めた。
「はい、どいたどいたー!紅蓮様のお通りだ!」
嵩「いや、だからなんで僕なの!?恭介ならあそこにいるじゃん!」
そもそも二人が喧嘩を始めたのは、恭介が帰ってきたからで僕のせいではない。そんな事の中心の恭介に向かってビシビシと指を差すが野次馬と理樹は目も向けない。というか、恭介自身、床の上で酔っぱらいのように仰向けに寝転がっている。
嵩「恭介ーっ!」
ぐいぐいと背中を押されながら祈るような気持ちで恭介に叫ぶと、閉じられた目が薄らと開く。
恭介「どうした嵩・・・・・・。悪いが、昨日寝てないんだ・・・・・」
嵩「どうしたもこうもないよ!恭介が帰ってきたから、真人と謙吾が喧嘩を始めたんでしょ!?だからちゃんと怪我しないように見てやってよ。二人とも恭介が帰ってくるまで、我慢しあってたんだからっ!」
それは僕らがいくつか結んでいる約束の一つだ。
恭介がいない時に本気の喧嘩は禁止。恭介がいつでも仲裁に入れるようにだ。
それは思いやりのようであり、幼馴染である五人のうちで唯一年上の彼が、兄貴風を吹かしているとも取れていた。
それでも、去年に一度。我慢仕切れなくなった真人が恭介がたまたま出かけていた時に、謙吾と本気の喧嘩をした事があったが、その時は僕が恭介の代わりに仲裁をしたのだ。
二人をそれぞれノックダウンさせるという方法を取って。
それからだろう。それを見ていた野次馬が、僕が乱入したと思ってしまったのは。
だけど僕自身、友達の彼らを殴ったりするのは嫌なのだ。
なのにどうしてだろうか。
真人「おう嵩!ついにお前もやる気になったのか!」
謙吾「嵩が相手か。ふっ、相手にとって不足なし」
どうして二人は、放り込まれるようにして戦場に送り出された僕と向き合っているのだろう。
嵩「なんか二対一になってる上に僕は戦うつもりもないし!恭介早く助けてよーっ!」
恭介「・・・・・・わかったよ」
床に寝転がっていた恭介は、ゆらりと立ち上がる。
恭介「じゃ、ルールを決めよう・・・・・」
理樹「る、ルール?」
何か嫌な予感がする。
恭介「素手だと、真人が強すぎる。竹刀を持たせると、逆に謙吾が強すぎる。なので―――」
嵩「・・・・・・、」
ホッ、と。僕は呼ばれなかった事に安堵して、胸を撫でていると、恭介は野次馬のほうに顔を向けていた。
恭介「おまえらがなんでもいい、武器になりそうなものを適当に投げ入れてやってくれないか」
嫌な予感、的中。
恭介「それはくだらないものほどいい」
嵩「・・・・・・、」
僕は向かい合っている真人と謙吾をチラリと見る。
恭介「それは素手でも、竹刀でもないくだらないものだから、今よりか危険は少ないだろ。いいな?」
その有無を言わせぬ空気に押され、僕以外のその場の誰もが頷いていた。
戦うのが嫌な僕は、そんな迫力をかもし出している恭介に恐る恐る言う。
嵩「ね、ねえ・・・・・。まさかそれって僕も入ってるの?」
恭介「当然だ。じゃ・・・・・バトルスタート」
嵩「えええええええええええええっ!?」
そうして始まりを告げた二人の幼馴染との戦い。
・リトルバスターズ