短いの
□再会の契りを桜に
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青空の中に、雲が一つ。
ちょうどいい時期に八重咲きになってくれた桜はそよ風になびいている。
いい天気だなあなんてのんきなことを考えながら、私は屋根の上にいた。
真下の廊下からはくのたまたちの声が聞こえてくる。
「もう、今日で終わりなんだな」
何の気なしに呟いてみたけれど、まだ実感が湧かない。
無事に卒業した私たちは、これからそれぞれの道へと歩いていく。
城主に仕えたりフリーの忍者になったり、あるいは忍にはならなかったり。
私もそれに漏れず、無事に雇ってくれる城を見つけた。
今までもそのための準備や卒業に向けての授業もしてきたから、教室にもそんな雰囲気は漂っていた。
それでも、この日常が終わってしまうことが信じられないのだ。
くだらないことを考えているうちに、下に見える同い年の忍たまやくのたまは門をくぐって学園を離れていく。
彼らがここに戻ってくることはきっとないんだろう。
忍の身として、一度訪れたところに戻るということがあってはいけないから。
それは自分も同じことで、けれどまだここを離れることができずにいる。
あの門の向こう側に一歩出れば、何か大切なものを失ってしまうような気がするのだ。
ここで重ねてきた、きらきらと輝いているものを。
こんなことでは忍になれないと思いつつも、惜しい気持ちが私をそこに押しとどめる。
「##、またこんなところにいたのか」
一つ溜め息を吐いてもう少しここで学園の景色を見ていようと思った時、横から聞きなれた声が降ってきた。
「…ハチ」
呆れたような、苦笑を含んだその声は何だか彼が動物をあやす時を思い出させた。
それが子供扱いされているようで、私は下に見える景色に視線を戻した。
「私がここにいるって分かったから来たんでしょ」
「当たり前。
一人でこんなとこ来ねえって」
こんなとこって何よ、いい景色じゃない。
そう言ってやれば、ハチは笑ってそうだな、と答えて景色に顔を向けた。
この笑顔には本当にかなわない。
思わずこちらの顔も緩んでしまった。
いつの間にかハチは私の隣に座っていた。
その微かな衣擦れの音と気配に彼の方を向くと、物思いにふけっているような横顔が見えた。
少し、ハチらしくないような気がする。
「なんかさ、終わったって感じしないよな」
「…卒業した感じってこと?」
「そう」
ハチは表情を変えずに向こうを見たまま言った。
学園にいる生徒たちがまばらになっていく。
そろそろ私たちも帰らないと怒られるかもしれない。
でももう少しだけ、このままでいたい気もする。
それは景色を見るためだけでなく彼が隣にいることが理由なのかもしれないと、横から聞こえてくる声に耳を傾けていて思った。
「もしかして、寂しかったりする?」
何の気なしに聞いてみると、ハチはこちらに顔を向けた。
まるでその言葉が意外だったかのように。
それからゆっくりと視線を戻して、空を仰ぐと口を開いた。
「寂しくは…ないかな」
だってさ、と続けて、ハチは勢いよくそこから立ちあがった。
瞬間、ざあっと強く吹いた風が彼の後ろに見える桜をなびかせた。
こちらはなびくという言葉は似合わないけれど、彼の髪も一瞬舞い上がった。
見上げればその姿は、入学して初めて出会った時の記憶のものよりはるかに大人びていて。
そういえば、真面目にお互いの姿を見るのなんて久しぶりな気がする。
今まではふざけ合ってばかりだったから。
それがいつまでも続くと思っていたから。
いつもハチは子供っぽいと思っていたけれど、そんなのは私の中だけだったんだ。
「俺たち、また会えるだろ?」
それでも輝きは初めて会った時と同じ、とびっきりの笑顔で当たり前のように言った。
目の前に出されたのは、固く握りしめた拳。
そんなことを自信たっぷり言われてしまっては、その言葉を信じるほかないだろう。
私は半ば苦笑しながら立ちあがって、ハチの出した拳にこつんとぶつけ返した。
「じゃ、私たち死ねないね」
風に散った花びらが、私たちの間を吹き抜けた。
まるでその約束を見届けるように。
再会の契りを桜に
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5000打ありがとうございます!
ということで皆様へ捧げます。
ちょうど卒業、入学の時期、しかも私の地域では桜の蕾が開き始めたので「これだ!」と思いがさがさと書きました。
ちょっと卒業の時期ははずしちゃった、かな…?^^;
こんな亀更新サイトですが、これからもよろしくお願いします!
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平木