落ちて堕ちて

□2話
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「きゃああああああ!」


我ながら恥ずかしい声を出してしまったと思う。
こんな事だから私は忍に合ってない、なんて言われるんだ。














――――











久しぶりの実習。

最上級生の実習ともなれば、下手をすれば命を落とす危険に繋がりかねない。
だが長い間体を動かしていなかったのもあり、私達六年生の中にはこの日を楽しみにしていた生徒も少なくなかった。


「いやー、久しぶりだな!こんなに思いっきり体を動かせるのは!」

「まったく、毎回毎回委員会で平たちを散々振り回しているお前がよく言えたな」

「そういう仙蔵は大丈夫なのか?俺たち最近筆記の授業ばかりだったじゃないか」

「はん、人のことを言う前に自分の体を心配したらどうだ鍛錬馬鹿」

「っ!なんだとこのバカタレ!俺は毎日の努力を怠るようなお前とは違うのだ!」

「まあまあ留三郎も文次郎も落ち着いて…」

「……うるさい…」


私はいつものように喧嘩っ早い二人をなだめ、一年生の頃から付き添ってきた友人たちと他愛無い会話をしながら実習の時間がくるのを待っていた。
心配という心配がなかったのは、いつまでもこんな楽しい時間が続くと当然のように思っていたから。
この後、自分にどんなことが起こるか想像もしてなかったから。



今回の実習で私とペアになったのは留三郎だった。
同じ組だったり同室だったりするのもあって留三郎とはよく一緒に実習をしていたから慣れているというのが一番だけれど、やはり不運な私とペアになるというのは…申し訳ないというか何と言うか。

「あはは……ごめんね、また私なんかとペアで」

彼にはいろんなところで迷惑をかけてきた。
特に実習の時は留三郎を巻き込まずに不運が発動したことなんか一度もない。
彼の裾を引っ張って蛸壷に落ちたり、罠に引っ掛かっては助けてもらったり。
苦笑を浮かべながらそう言うと、留三郎も似たような表情で返してきた。

「今更何言ってんだよ。
お前は頑張ってるんだからさ、そんなこと言うな」

よろしくな、と言って彼は私の背中をどんと叩き、実習の準備を始めた。
そうだ、私はいつも留三郎を巻き込んでは助けてもらってばかりで。
その度に子供をあやすような柔らかい笑顔で慰めてくれた。
プロの忍になる者として、いつまでもその笑顔に頼ってはいられないのだ。

「…ありがとう」

今回はせめて迷惑をかけないように。
願わくば、少しでも彼の手助けになれるように。
そう思いを込めて小さく感謝の言葉を呟き、私はその背中を小走りで追いかけた。




そして、実習。
敵の城に忍びこむため、私たちは森の中を駆け抜けていた。


気を抜いてはいけない。
その瞬間に、私の不運は発動する。
そう思って私は常に細心の注意を払って走っていた……はずだった。

一瞬、地面に違和感を感じた。
地を蹴って次の足を出すことが許されずに捕まってしまうような。
そう、まるでいつもみたいに蛸壷に落ちる時と同じ。


「っ伊作!!」


同室の彼の忍らしからぬ大きな声を聞いた時はすでに遅かった。
何故か、その時は今までよりもずっと時間が遅く進んでいるように感じて。
だんだんと遠くなっていく留三郎の姿を見ながら、私は呟いた。
まるで助けを求めるかのように手を天に伸ばして。

「ごめん………」

また、迷惑をかけてしまった。

体が思いっきり地面に打ち付けられるのを感じた瞬間、私のすべてが真っ暗になった。






――――









今までのことが一瞬にして頭の中を駆け抜けた。
ああ、走馬灯ってこのことを言うんだろうか。
だって、私の上着は脱がされていて、目の前には女の人。
大方この人は城の敵で、蛸壷に落ちた時に捕まったんだろう。

何て馬鹿なんだ、私は。
留三郎を巻き込んだ挙句に、死んでしまうのか。



…そうだ。

「とっ、留三郎はどこだっ!?」

思い切り後ろに飛びのいて、相手との距離を取る。
これでも体術だって一応できるんだ。
武器は取られてしまったけれど、きっと大丈夫。
相手が女性だからと言って油断は禁物だ。

留三郎は違う部屋で捕まっているのだろうか。
だからといってこんなところで諦めてはいけない。
苦無は彼女の近くの棚にある。
手足が縛られている訳でもないし、隙をついて取り上げることだってできるだろう。

さっきから私のことを驚いた目で見ている彼女は、とぼけているような声を出した。


「…とめ、さぶろう?」


「っ私たち二人を捕まえたんだろう!
留三郎は無事なのか!?」


思わず語気が強くなる。
捕まったのが自分のせいだとは分かっていても、それだけで大人しくなれる訳がない。


「…ちょっと待って。
落ち着いて」


目の前の敵は困ったような苦い顔をして私に言い放った。
なんだ、彼女のこの態度は。
敵だとはいえ私たちを捕まえておいて「落ち着いて」だと?

「なんかさ…
勘違い、してない?」

「……は?」

勘違いだって?
一瞬、思考が止まった。
何が勘違いだって言うんだ。
ここは敵の城で、彼女は敵で、私は蛸壷に落ちて捕まって…
混乱している思考をさえぎるように、例えば、と彼女は呟いて話し始めた。


「私があなたの敵、だとか。
そう思ってたりしない、かな?」


首をかしげながら話す彼女の言葉は、語尾が自信がなさそうに消えた。

「………」

思考を読まれた気がした。
どういうことだろう。
彼女は敵だ。
それが私の勘違い?


つまり…誰だ、彼女は。


「私、あなたを傷つけたりしないからさ。
そこに座ってくれる?」

今、自分がどういう状況におかれているのか分からない。
ただ彼女は私の敵ではないということに嘘はないようだ。
確かに、私の目の前で彼女が敵であることを表す何かをした訳ではない。
口調とかさり気ない仕草とか、今まで学んできたことを最大限に活かして観察すれば、彼女も少なからず緊張している。


「………あ」

少し落ち着いて周りを観察してみれば、近くの棚には苦無だけでなく救急箱も置いてあったことに気付いた。

……まさか。

額に冷や汗が浮かぶのを感じながら、さっと自分の体に目をやる。
するとそこには包帯や絆創膏、他にも至る所に手当が施されていた。
決して上手とはいえないが、それらからは一生懸命さが伝わってくる。

無意識に目の前にいる彼女を見ていた。
あんまり上手くできなかったけど、と少し言葉を濁しながら苦笑する姿に、私はどうしようもないくらい申し訳なくなってしまって。

「っごめんなさい!
手当をしてくれたのに、僕はなんてことを…!」

「あ、いや、そんな土下座なんかしないでいいから、ね!
立って!お願い!」

私が頭を下げると彼女は慌てふためいて、無理矢理私を立ちあがらせた。
ああ、こんな親切な人を敵だなんて、私はなんて馬鹿なんだろう。

「本当に、ありがとうございます。
わざわざ手当してもらって…」

四足の変なものに二人で座ると、私はもう一度頭を深く下げてお礼を言った。
本当に何度言っても言い足りないくらいだ。
蛸壷に落ちたときにこさえた傷はいつもより多くて、小さな擦り傷などまだ彼女によって手当が施されていないものもあった。
体から思い切り落ちたのもあって、まだ腰のあたりがじんじんと痛む。

「そんなことは構わないよ。
玄関についてあなたが倒れてたから、どうしたものかとは思ったけど」

「ああ、玄関で倒れてたんですか、僕」

お互い苦笑を浮かべながらぎこちなく会話をする、が。
何かがおかしい。
玄関で倒れてた?私が?

「…それ、どういうことですか?」

よくよく見てみればおかしいのはそれだけではない。
なんだ、この部屋は。
この四足のものといい、黒くて四角い大きいものといい、私の知らないものばかりだ。
彼女の服装もなんだかおかしい。
合わせがないし、上と下で分かれているようだ。

「どういうこと、って?」

私の様子に気付いたのだろうか、隣にいる彼女がこちらの顔を覗きこんできた。
彼女の目は私のことを心配してくれているようで。
この人も、私の存在に違和感を感じているんだろうか。


「私は…一体、どうしたんだろう」


訳が分からない。
知らない風景に知らない物。
まるで自分が全く違う世界に来てしまったような気がして、私は俯いて終わりのない考えを巡らせることしかできなかった。
その時、彼女が優しく肩に手を置いてきた。

「私で良かったら、話してくれない?」


言ってしまっても、いいのだろうか。

大丈夫、と微笑んだ彼女を見て、こんがらがっていた心が少し和らいだ気がした。
気が弱くなっていたからだろうか、初めて会ったのに、この人には心を預けてもいいような、そんな気持ちになった。

私は一つ息をついて、決意を固めた。




「私は…忍、なんです」





決意と衝撃



その短い言葉を言うことに私は勇気を使いきってしまった気がして。

けれど、まだ名前も知らない彼女はそのことを知っていたような表情だった。








――――――――


平木の中で伊作は親しい人と話す時とか自分の中で話す時は一人称「私」
それほど仲良くない人と話す時は「僕」
ちょっと考えながら変えてみたけど…分かりづらくてごめんなさい(・ω・`)

平木

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