第三部:縞瑪瑙と錬金術師
□プロローグ
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足元すら満足に見えない程暗い部屋の中を、1人の女が走る。
ちりん、ちりんとどこからか響く鈴の音と共に、彼女は床に積まれた本やビーカー、フラスコといった実験器具を飛び越えていく。
その後ろからはローブを纏った者が同じ様にして走ってきていた。
追われる女と追う者。
彼らの追い駆けっこは唐突に終わりを告げた。
前を走っていた女の手が壁に付く。
部屋の角に来てしまった女がそのまま壁に背を着けると、追っ手は彼女の目の前まで来ていた。
追っ手が左手に炎を灯すと、彼のまだ幼さの残る顔と血の様に紅い短髪が照らしだされる。
少年は右手を女の顔の脇に着き、僅かな逃げ道をも閉ざしてにやりと笑った。
「さて、追い詰められたことだし教えて貰おうか。
…オニックスドラゴンの力はどこにある?」
「あたしは知らないって言ってるじゃない。
それに、知ってたとしても見知らぬ人に言うほど愚かじゃないわ」
「じゃあ知らないなら何故逃げた?
本当に知らないなら逃げる必要も無いだろう?」
「突然いろいろ聞かれた挙げ句に捕まえられそうになれば誰だって逃げるわよ」
「それはお前が逃げたから追っただけだ。
さて…ならば“光”は知っているか?」
「……何のことかしら」
突然変わった話の内容を聞いて、女は一瞬目を泳がせる。
その変化を少年が見逃すはずもなく。
「知ってるんだな?
だったら知ってることを全て言ってもらおうか」
「言うつもりはない、と言ったら?」
「その時はこの炎をぶつけてやるよ」
そう言って少年は灯り用に灯していた炎を顔の高さにまで上げた。
「そう…。じゃあもう一度言うわ。
あたしは、何も言うつもりは無い」
彼女が力強く言った次の瞬間、マガティアのとある研究室から火の手が上がる。
鈴の音はもう聞こえなかった。