小話@
□インタールード
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引っ越しの日は、征十郎さんがバスケ部で、全国二連覇を果たした翌日の午後だった。
征十郎さんのお母様と、昨日まで、全国大会に出場していた征十郎さんも、疲れているに違いないのに、わざわざ二人で紺野家まで迎えに来てくれた。
「全国優勝、おめでとうございます」
「ありがとう。今度試合がある時は、良かったら香澄も見に来て」
「はい、喜んで」
昨夜、試合の結果を聞き、メールでもお祝いの言葉を送ったが、会って直接言えて良かったと思う。
「二人の仲が良好そうで、何よりだわ」
私達の会話を聞いていた征十郎さんのお母様は、何時も笑顔で明るく、とても楽しい方だった。
この引っ越しの前にも、何度も紺野家に、足を運んでくれて、今まで、私が所持していなかった携帯の契約も付き添ってくれた。
その時に、これから大事な家族になるんだから、『お母さん』と呼んでくれると嬉しいわと言われ、向けられた好意に甘え、恐る恐る『お母様』呼んでみると、喜んで返事を返してくれた。
赤司のお家でも、孤立した環境だろうと思った自分が、浅はかで恥ずかしい。
そして、前出の通り、色々話合った結果、引っ越しとは言っても、荷物は、本当に身の周りの物が最小限だけであり、トランク一つで収まった。
必要な物は全て此方で揃えてあるからと、おっしゃてくれた言葉に、結局甘える形になった。
広大で荘厳な赤司邸の前に、私達三人を乗せたタクシーが着き、門を潜る。
「香澄の部屋はこっちだよ」
征十郎さんは、私が持ってきたトランクを手に取り、二階の部屋へ案内してくれた。
案内された部屋へ入ると、ゆったりとした8畳スペースくらいの洋室で、カーテンの色、机やベットのデザインは、女の子が好みそうな内装が施されていた。
そしてテレビにレコーダー、ミニテーブルの向いには、二人用のローソファーが置かれ、正に至れり尽くせりであった。
「かわいいお部屋ですね」
思わず、呟く様に言うと、斜め後ろにいたお母様は嬉々とした表情を浮かべる。
「ふふっ、気にいってくれた?征十郎と二人で選んだのよ」
お母様はクローゼットへと進み、扉を開けた。
「洋服も、一通り揃えてあるの」
クローゼットの中には、思わず目が眩む程の、年頃の女性用の服が、たくさん新調されていた。
「あ、ありがとうございます」
「お礼なんていいのよ。やっぱり、女の子はいいわねぇ〜とても楽しく選ばせてもらったわ!あっ!所で香澄ちゃんは、豆腐料理は大丈夫?」
「はい。好きです」
素直に頷くと、お母様は一息に喋り始めた。
「うちは、主人も征十郎も、湯豆腐に目が無くてね!今日の夕食は、香澄ちゃんの歓迎会のつもりで、行きつけのお店の、湯豆腐懐石を予約してあるの。でもねぇ…正直私は、二人に付き合ってると、もう湯豆腐は食べ飽きちゃって、たまには、イタリアンかフレンチ…中華とかが良かったんだけど…」
「…母さん、あまり捲し立てないで。そろそろその辺にしといた方がいい」
征十郎さんは、やれやれと嘆息し、私に向き合う。
「疲れただろう?荷物の整理もあるだろうし、少しゆっくりするといい」
「あっ!そうそう!大事な事、忘れる所だったわ!香澄ちゃんの隣は、征十郎の部屋になるけど、身の危険を感じても、この部屋きちんと鍵が掛かる様になってるから、安心してね!」
「母さん…」
征十郎さんの声には、静かな怒りが含んでいるように聞こえた。