小話@

□インタールード
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荷物の整理を終え、ローソファーに座り、一息つくと、二回のノック音の後に、征十郎さんの声が掛かった。


「香澄、入ってもいいか?」


「はい。どうぞ」

立ち上がって返事を返し、ドアを開けながら、ここは元々、征十郎さんのお家なのだから、私に許可を取るのは、不思議な感じがした。

私自身がこの家に馴染むのは、まだ少し時間が掛かるかもしれない。


当の征十郎さんは、私の部屋に入って来ても、部屋のドアは開いたままだった。

女性と二人きりで同室するマナーだと、思っているのかもしれない彼の行動に、紳士さが感じ取れて、安心感があった。


「少しは落ち着いた?」

「はい。荷物は少ないので、すぐに片付きました」


「…これは?」

征十郎さんは、机に立てかけた、クラスメイトから貰った色紙の、寄せ書きを見る。


「この間、クラスの皆が集まってくれて、私のお別れ会を開いてくれたんです。その時に、花束と一緒に頂いた物です」

これから新生活を送るというのに、思い出の感傷に浸る様な行為かもしれないが、お守り代わりだと思い、飾る事にした。


―――転校の手続きの為、フェリシアに登校した最後の日。

部活の顧問と、担任の先生に挨拶に向かうと、そのまま教室に行く様に促された。


私自身は何も聞かされてなかったので、まさかのサプライズ。


夏休み中だというのに、クラス全員が集まってくれて、不安定になっていた私の心が感激と、別れの切なさに震え、涙が零れるのを、皆の前でも抑える事が出来なかった。


そしてフェリシアから家に帰った後、級友達から色紙に綴られたメッセージを、一つ一つ大事に読んだ。


――学校が変わっても、私達が親友である事は変わらないから。


それはクラスの委員長であり、私の親友、ミカちゃんからの言葉だった。

マリちゃんも小学生の頃は、同じフェリシアに通っていたので、ミカちゃんもマリちゃんの事を、良く知った存在でもあって、相談にも乗って貰った。



思い出すと、また目頭が熱くなる。


両親が亡くなった事を差し引いても、最近の私は、随分涙もろい様に思う。


これからは、もっと行動に自戒しなければならない。


今後は自分の失態が、赤司の家の御両親の、面目に繋がるのだから。




「香澄は、書道部だったな…」

色紙に書かれた文字を追いながら、征十郎さんは再び会話を切り出した。


――展覧会では勝負だよ!お互い頑張ろう! 


私と同じ書道部だったサヤカさんの言葉だ。



「はい。帝光にもあるなら、入部したいです」

「あるよ…部員数はそれほど多くはなかったが…これは?」


――また一緒に遊びに行こうね!あと黄瀬君と友達になったら、紹介ヨロシク♪文化祭にも行かせて!!


「ユキちゃんは、モデルの黄瀬君のファンなんです。確か黄瀬君って、帝光に通ってるんですよね?彼女からは、逆に転校を羨ましがられました」

「ああ。今は僕と同じバスケ部にいるよ…それにしても、涼太のファンは何処にでもいるんだな…」

「女子校ですから、その手の話題に敏感なんだと思います」

「へぇ。それは、香澄自身も、涼太に興味があるって事?」


まさか征十郎さんに、そんな切り返しをされるとは思わなくて、私は曖昧に笑うしかなかった。



「ふ〜ん。そうだ香澄、アルバムも見せて貰っていいか?実はずっと興味があったんだ」


問われた征十郎さんの言葉に、一瞬ぎくりとする。


子供の頃からの写真を見られれば、マリちゃんと映った写真も多く存在するからだ。

別に彼女との関係を、征十郎さんに知られたからといって、困る事でもないのだけど、思わず構えてしまう。


「…はい。分かりました。」


実家から持ってきたアルバムを、書棚から取り出して、彼に渡す。


「ありがとう」


征十郎さんは、お礼を言って受け取ると、そのまま二人掛けのソファに座った。


彼に倣い、ミニテーブルを挟んだ向かいの床に、私が正座しようとすると、征十郎さんは苦笑いを浮かべた。


「僕の隣、座らないか?」


破談になっても、私が赤司家の養女となれば、彼とは『きょうだい』になるのだ。

確かにこれくらいで、緊張していては、駄目なのかもしれない。


「失礼します」

一声掛けて征十郎さんの隣に座った。

征十郎さんは、私の行動に満足気に頷くと、アルバムのページを捲っていく。


幼少の頃の、自分を見られるのは、何となく気恥ずかしくて、つい顔を背けてしまう。


「フフっ香澄は、子供の頃から可愛いな…」

楽しそうな声に聞こえたが、勿論、御世辞だと分かっている。


「……ありがとうございます」

私に見せてくれと頼んだ以上、何かしらの感想を、述べないといけないと思ったのかもしれない



「この子は…?」

征十郎さんが指差したのは、私とマリちゃんが手を繋いで、神社の境内で撮ってもらった写真だった。


「鷹森マリコちゃんです。私と彼女、幼稚舎からの幼馴染なんです。征十郎さんも御存じでしょう?マリちゃんは今、バスケ部のマネージャーをしているんですよね?」


「幼馴染?そうだったのか……ああ。鷹森は、僕と同じクラスでもある。」

「あの、何か?」

一瞬だけ、征十郎さんは険しい表情を浮かべたので、少し気になった。

もしかしてマリちゃんは、私の事を征十郎さんに、何か言っていたのかもしれない。


「いや、何でもない…そろそろ時間だな…夕御飯は期待していてくれ」


「はい」


お母様がおっしゃっていた湯豆腐懐石の事だ。

お店には、征十郎さんのお父様もいらっしゃる筈だ。

笑顔を作り頷いて、征十郎さんの後に続き、自室となる部屋を出た。



マリちゃんはこの間、征十郎さんの事を、自分の方が分かっていると言っていた。

なるほど。

クラスメイトで、部活では、主将とマネージャー。

彼女の言う通り、征十郎さんとは、本当に近しい存在なんだろう。

本来なら、友達の好きな人の事は、応援してあげたいが、今回は私の立場上どうにもならない。

下手に応援の言葉を口にすれば、『だったら、婚約解消してよ』と、また怒らせてしまう結果になる。


それに、征十郎さんとの今後の事は、私一人で決められる問題じゃない。


これから、私はどうしたらいいんだろう。


自戒を誓ったばかりなのに、自分の弱い心が、すぐに顔を出す。




あと数日で、帝光での新学期を迎えようとしていた。


(了)
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