その他

□「2」
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「トゥイ!見て見て!こんな感じならどうかな?」
「………何でいるんだ。その髪は何だ」

 きっとあの滅茶苦茶な儀礼の次の日には、私と彼――エドガー・チャン・マルティンとの婚約はさっさと破棄されると思った。
これでやっと父の呪縛から一つ離れられると思った。

 だが私の目論見とは全くの正反対に、エドガーは何を思ったか私との結婚を強く望んだのだ。
父にしても、もう駄目かと思われた縁談の維持を向こうが望んでくれたのだからそれを断る筈も無い。
当然私の声など聞き入れられず、何も無かったかのように縁談が進められることとなった。


 そんな私の胸中など知らないに違いない呑気な少年は、私の前でにこにこ笑って変なぼさぼさ頭を誇らしげに見せている。
この人のせいで、私はまた、逃れられない。


「…トゥイ?どうしたの?」

心配げに覗きこまれ、私ははっとした。
犬か何かを思わせるような瞳にじっと見つめられると、何かに流されそうになる。
それを振り払うように私はさっと背を向けた。

「何でも無い。それと、私は洒落っ気がありすぎる男は嫌いだが、不潔な男も嫌いだ」
「えっ…ふ、不潔かな、これ…」
「不潔だ。梳かすくらいしろ。私は父上に呼ばれているからもう行く」

そう言ってずんずん歩くと、待ってよーと言いながらエドガーまでくっついてくる。

「駄目だ!私は父上にっ」
「僕も支部長に呼ばれたんだよ!トゥイと一緒に来い、って!」
「………え?」

エドガーは少しふてくされた様な顔で、髪を手で乱雑に梳きながら言葉を続ける。

「見せたいものがあるからトゥイと一緒に、でもそれ以外の誰にも言わずに来い、って」
「…誰にも、言わずに?」
「トゥイ?」

不意に心の奥がぞくっと冷たく騒ぐ。

嫌な、予感がした。

 指定された場所にいたのは白衣姿の父、そしてフォーだった。
父は私達を見て満足げに頷いたが、隣にいるフォーの表情は彼女らしくない影を帯びていた。

胸に巣食う嫌な予感がまた一つ大きくなり、ぞわっと蠢いた。

「ではフォー、遮断を解いてくれ」
「遮断?」
「そうだ。今からお前達を、第六研究所へと連れて行く」

聞き慣れぬ名前に、私とエドガーは思わず顔を見合わせた。

「支部長、この区域の研究所は確か五か所しか…」
「表向き、にはな」

父の言葉と同時に、今まで壁だった部分が光を帯び、重厚な扉が現れた。
何か禍々しささえ感じさせるそれに、私は息を呑んだ。
やはりこの先には何か、知りたくないものが潜んでいるのだ。

「この先の第六研究所で行われているのは中央庁の指示で行われている極秘の計画だ」
「極秘の計画を何で、トゥイはともかく僕も…?」
「何を言っているんだエドガー。君はトゥイの婚約者だ。将来の支部長補佐として、君にも見せるべきだろう」
「父上、だから私はっ」
「今はその話ではない。こっちだ」

私の反論をものともせず、父は尊大に歩いていく。
その後ろ姿を私はぎりっと睨んだ。

第六研究所と呼ばれたそこは、他の研究所と大差ないように見えた。
すれ違う研究員達も至って普通で、父に頭を下げながら歩いていく。

なのに、何なのだろうか。
いやに冷えた様な空気が、身体の芯を凍らせる。

「ここだ」

父が扉を開けた先にあったのは、薄暗い開けた空間だった。
太い数本の柱の向こうには、左右に十字架を配した祭壇がある。

そしてその祭壇の前の床には、水を湛えた穴がいくつもぽっかり空いていた。

「何ですか、これは…?」
「穴のどれかを覗いてみると良い」

父の微笑みが、不気味だった。

私は恐る恐る穴の近くににじり寄った。
後ろからエドガーが私の服の裾を引っ張るようにしながらくっついてくる。
どこまでも情けないと思いつつ、私は彼の手の引く力が妙に頼もしいようにも思った。

そっと、穴の中を覗く。

途端に私は息を呑み、足がもつれるのを覚えながら後ずさる。



何だ、これは。


「…ひ、ひとが、沈んで…!?」


子供が一人、身を抱えるような形で水の中に沈んでいた。


さぁっと血の気が失せ、指先が震える。
私の後ろにいるエドガーもまた、信じられない光景に目を見開き、青ざめていた。

だがそんな私達の様子を見る父は、異常なほど平然としていた。

「心配は要らない。彼らは眠っているだけだ」
「何をおっしゃるんですか、父上!?」
「これはただの穴じゃない。これは第二エクソシストにとって、母親の胎と同じなのだ」
「セカンド、って…?」

未だ止まらぬ震えを必死に抑え込みながら、エドガーが呟く。


「第二エクソシストは、戦闘不能のエクソシストの脳を再利用する人造使徒だ。成功した暁には、世界の救済に大きな力となるだろう」


信じられない言葉を当たり前のように述べる父は、今までで一番遠い人に思えた。


エドガーの手がふと、私の震える手に触れ、指先を握った。



私はそれを振り払おうとすることさえ出来ず、水に沈む子供の横顔を見やった。



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