その他
□罪と罰
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己が心を何かに移してはいけない。
お前は「ブックマン」。
その時々に与えられる呼び名は所詮はコード。
自分を規定するものを一切持たない、完全なる傍観者たれ。
それが、ブックマンの後継者として生きると決めた日から絶えず繰り返されてきた教えだった筈だ。
最初に奴に出会ったのは、14の時。
一つの記録地で仕事を終え、次の記録地に向かう最中、鄙びた町の外れの炭坑の近くで俺はジジィからはぐれて道に迷った。
田舎町の外れはそうそう人も通らない。
どうしたもんかな、と頭を抱えている時、奴は現れた。
「お?どうしたの君、迷子?」
見上げると、汚らしいボサボサの髪に喜劇のような瓶底眼鏡の背の高い男が、へらりと笑いながら俺を見下ろしていた。
あまりの風体に俺は即座に警戒した。
それに気づいたらしい男は、元々へらへらしていた顔をさらにくにゃりと緩めた。
「あ、怪しいもんじゃねーよ。そこの炭坑の労働者で、ティキっつーんだ。何なら確認する?」
そう言って奴は、敵軍に降伏するように手をあげてみせた。
変な奴、と俺は目をそむけた。
「で、少年、迷子なんだろ?」
「違ぇさ!」
全く以てその通りなのだが、認めるのも癪だから否定した。
奴はふーん、と呟き、瓶底の向こうから俺をじっと見た。
「駅ならあっちだぜ、眼帯くん」
そう言いながら奴は俺の頭をぽんと撫でた。
反射的に俺はその手から逃れた。
「触るんじゃねーさ」
「少年、随分変わった喋り方だな。どこ出身?」
奴は相変わらずへらへら笑いながら聞いてきた。
そんなの答えられるわけもなく、俺は憮然として言う。
「企業秘密さ」
「…へぇ?」
奴は今までのへらへらした感じを消し、意味ありげに笑った。
それが本当に不愉快で、俺は礼も言わずに奴が教えてくれた方向に走った。
駅で落ち合ったジジィに散々説教食らったら、奴の事なんて忘れてしまった。