アレ神・短編2

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 僕と彼には、他の人には言っていない小さな小さな秘密がいくつかある。
それはどれも本当に些細なもの。
例えば、部屋に入る時はわざと黙ってドアを四回もノックするのがいつの間にか互いの合図になってしまっただとか。
実は僕より彼が訪れてくれる回数の方がちょっとだけ多いとか。
積極的に隠しているわけじゃなく、むしろそれを何となく「秘密」と呼んでいることの方が惚気ているような感じがしてしまう程度の事。

 その些細な秘密の中では一番大物で、かつ誰かに知られたら僕はともかく彼を一番激怒させてしまいそうな事は、やはりあれだ。
「僕達が初めてキスをしたのは実は付き合う前でした」って事だろう。



「なぁなぁアレン、俺前から気になってたんだけどさあ」
「何です?」

 昼時のピークを過ぎて少し人の波が引いた食堂で、僕は遅い昼食をもぐもぐ口に詰め込んでいた。
本当は少し前からかなり空腹だったのだけれど、とにかく僕の食べる量は多いから人がいっぱいいる時に来てしまうとかなり邪魔になる。
そういう心苦しさから自由になる為に、僕はわざと混む時間を外して食事を摂るようにしていた。
隣でぴんと背筋を正しているリンクも特に異論は無いらしく、僕に合わせてくれている。
 その事情を知っていたのかはたまた偶然居合わせたのか知らないが、「よっ」とコーヒーを手にしたラビが現れたのが数分前。
慣れたとは言え監視されっぱなしの環境は辛いから、ラビが来てくれたのは正直ありがたかった。
鬱陶しい事もあるけれど、今はラビの軽い口調が少し助かる。

「ユウとキスする時ってアレンが背伸びすんの?」

 一瞬空気が固まった。
ラビはにやにやしているが、隣のリンクはこの手の話題がどうにも苦手なのか危うく口の中のお茶を噴きかけた。
僕はと言えば、静かにナイフとフォークを置いてにっこり笑う。

「何でそんな事ラビに教えなきゃいけないんですか」
「え、そこは気になるでしょ。まさかユウが屈んでねだるとも思えないさ〜」
「そんなのラビの知った事じゃありませんよ」
「えっ、マジ!?マジでユウがねだるんさ!?」
「とりあえずさっきから神田の事名前で呼ばないでくれませんか、鬱陶しいです」

 そんなの、僕だって許してもらえないのに。
僕がひんやりした笑みを向けたら、ラビがうっと言葉に詰まったように縮こまる。

 キスする時どうするか、なんて秘密に決まっている。
まずそんな事を他人に知られたら神田は大激怒だ。
僕らの関係はここでは周知の事実なので、周りからしたらキスしている事くらい別に驚きでも何でもない。
それでも彼は、そういう行為が僕らの間に存在している事自体を知られたくないと思っている節がある。
ついでに僕も彼とのキスの事なんて喋りたくない。
どんな風に唇を重ねるとか、神田がどんな顔をするのかとか、そんなの、僕だけが知っていればそれで良い。

 僕の黙秘の気配を悟ったのか、ラビは少々つまらなさそうに口を尖らせた。
この顔でやられても全然可愛くないな、と思いながら再びナイフとフォークを手に取り食事を再開する。
だがそこで新たな客人が現れ、僕の昼食は再び中断せざるを得なかった。

「よおアレン、遅い食事だな」
「ジジ」
「遅いってジジもじゃね?それ昼飯だろ?」
「ばーか、こっちは決まった時間の休みなんてねぇのよ。食える時に食う、その時が今だってだけだ」

 よっと、と小さな掛け声と共にジジが座る。
トレイには僕の食事とは比べ物にならないとは言え、十分にがっつりとした男らしい定食が載っていた。
科学班の過酷さを思えば、食べられる時にしっかり食べなくてはついていけないのだろう。

 勝手に僕がそう納得していると、ジジと目が合う。
その目が一瞬、不敵に輝いた気がした。
教団の中ではかなり年長に属する彼だが、まるでその目は悪戯を企てる子供だ。

「昼間っからキスの話とは若いなぁお前ら」
「えっ!?聞いてたんですか?」
「聞いてたっつーか聞こえたんだよ。お前ら声でけーからな」
「僕じゃなくてラビですよ。全く、恥ずかしくないんですかね」
「え、俺?俺が悪いの?」

 ショックを受けた様な顔でしょげるラビと、完全に無視して食事を口に運ぶ僕。
ジジは僕達二人を交互に見ながら、手にした箸の先を行儀悪くくるりと回しながら懐かしむような口調で言った。

「まぁあれだよなあ、お前達くらいの歳だとそういうもんだよなあ〜。俺も思い出すぜ、近所に可愛い子がいてさー」
「それ何年前の話さ…」
「うるせーな。女もいねぇガキは大人しく羨んでろよー」
「ジジだっていねーじゃん…しかもアレンは」
「良いねえ、青春。思い出すなー。あ、キスと言えばお前らに面白いこと教えてやるよ」

 ユウがいるさ、と言いたかったのだろうラビの言葉は、思い出に浸っているジジによって完全に無視された。
ジジはさらに、にやにや笑いながら口元に手を宛てて声を潜めた。
……何だろう。嫌な予感がする。

「神田のファーストキスの相手はよ、俺なんだよ俺。驚きだろぉ?」

 さっきのラビの馬鹿な質問の時とは比べ物にならないほど、空気が凍りついた。
ラビは面白いくらい勢いよくさぁっと青ざめてゆき、僕の隣のリンクもお茶を噴いてこそいないが椀を持つ手が小刻みに震えている。
そして誰よりも今自分がどんな表情をしているのか、もう一人僕がこの場に存在していたならきっと恐れをなすに違いないと思えるほど、僕は笑みを凍りつかせていた。
今、この人、なんて言った?

「おっどろきだろー?あの神田だぜ神田」
「じ…ジジ、あの、その話はちょっと…あの」
「何だよラビ、お前だって今キスがどうこう神田がどうこう言ってただろ?」

 おそらくジジは、「知り合いがキスをするとしたらどんな風にするんだろう」という勝手な想像を走らせていたと誤解しているのだろう。
そしてその誤解の最大の原因は、まだ本部に移って間もないジジは僕と神田の関係をただの相性の悪い同僚だと思っていることにある。
そんな冷静な分析が出来る自分の妙に冷えた頭は、確かに恐ろしいものかもしれない。
ラビが今にも泣き出しそうな目で僕とジジを交互に見ている。

「どうしたんですかラビ。挙動不審じゃないですか。ああ、いつものことでしたっけ。」
「あ、アレンさん…あのさ…」
「ちょっと僕、用を思い出しましたので。じゃ。」
「ウォーカー、私は同行した方が良いのでしょうか?」
「…そうですね、来ない方がリンクのためだとは思います」
「成程。では私はこの時間を室長への報告に宛てさせて頂きます」
「うん、お願いしますね」

 僕が立ち上がってどこかに行こうとするのを止めるどころかあっさり認めたリンクに、ジジが唖然としている気配が伝わってきた。
そりゃそうだろう。
中央から来た監視役が、僕を一人きりにする筈が無いのだから。
だが、別にリンクは僕を一人きりにするつもりなんて毛頭ない。
僕がどこに行くのか分かりきっていて、そこでのやり取りを見せつけられるのが初心なリンクには少々辛いから黙認しているだけ。
当然、ジジには分かる筈がない事情だった。


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