アレ神・短編2

□贅沢三昧
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 完璧だ。
今さら確認する必要さえないように思われるが、そういう気の緩みは危険だ。
だからこそ僕は一つ一つ、上手く行くたびに完璧だ、と心の中で繰り返す。

 目の前には脂汗を額に浮かべた初老の紳士―――を装った男。
こんな場所で、明らかに子供の僕に勝負を持ちかけてきた時点で真っ当な筋の人間でないことは明らかだ。
逆に言えば、だからこそ僕は不慣れな子供の顔を演じて勝負に乗ってみせたとも言える。
いくら何でも、怖いもの見たさに時折こういう場所に入り込みたがる普通の人から巻きあげようなんて気は起こらない。

 簡単に勝てると踏んだのだろう。
男の読みは当然外れで、僕は戸惑ったような子供の顔を崩さないまま、平然といかさまを重ねている。
最初こそ奇跡のような偶然が続いたのかと思っただろうが、こんなに簡単に奇跡は重ねられない。
僕が上手だったと向こうもそろそろ気付いているだろうが、いかさまをやっているのはお互い様。
だからこそ男は脂汗をみっともなく垂らし、唇を戦慄かせる。

 馬鹿な。
そう言いたげな男の目をちらりと見やり、冷たい声で宣言する。

「ロイヤルストレートフラッシュ。あなたの負けですよ、おじさん」



 紳士面をしたペテン師からさっさと金を巻き上げて、僕はさっさと店を出た。
賭け場と化している酒場など、用が無いなら長居するような場所じゃない。
しかもあそこにあった用は本当は賭けポーカーなんかじゃなかったのに、と肩を落としてしまう。
その気配を感じたのか、コートの中に潜っていたティムキャンピーが顔を出して頬にすり寄ってくる。

「ん?何だよ、心配してくれてるのか?」

 そうだよ、と頷くようにティムキャンピーが尻尾を揺らす。
心が和む仕草に、指で撫でるみたいにしてやりながら苦笑した。

「大丈夫だよ。まさかマスターがいなくなっちゃってるなんて思わなかったけど、借金も消えてたしね」

 教団を抜け出してから1カ月が過ぎた。
14番目のこと、マナのこと、そして二人と僕を繋ぐ、師匠のこと。
何一つ分からないことだらけだった僕にマザーは「クロスを探せ」とだけ言った。
それはお前自身が知るべきことだよ、と告げられ、僕もそれに異論は無かった。
大体師匠の事だから誰に本当のことを話しているんだか分かったものじゃない。

 そして唯一の手掛かりだった師匠が借金をしている店を虱潰しに回っているけど、手がかりは今のところ何も無い。
さっきの店も馴染みだった筈のマスターはどこかに行ってしまったらしく、新しいマスターは僕の言葉に首を傾げるだけだった。
簡単に見つかるような足跡が残っているとは期待していないけれど、それでも少し落胆はする。

 夜になると時々、傷が疼く。
自分のイノセンスに貫かれた傷と、あの日六幻に刺された傷。
どちらももう塞がっているけれど、傷そのものじゃないどろりとした疼きが時々襲ってきてぞっとするんだ。
いつ疼くか分からない腹部に無意識に手をやる。
そして、あの名前を呼びそうになるのを一生懸命我慢する。

 もう、あの人はどこにもいないんだ。


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