アレ神・短編
□パロディ・パロディ
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《花魁》
あなたが出てこなくなっちゃったから、少し寂しいです。
そんなことを彼が呟いたのは初めてで、薄暗い中で神田は目を見開いた。
行燈の仄かな明かりの中でもよく映える白い頭が動いて、彼は身を起こした。
「前は、張見世に出てきてくれてたから、店に入らない日も姿が見えましたけど。今じゃ出てきてくれないし」
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってる?」
神田が少し口を歪めて笑った。
「神田でしょ?」
彼もにっこりと笑った。
「間違っちゃいねーな」
「あはは。今じゃこんな大見世の呼び出しの花魁ですもんね」
言いながら彼の顔が寂しそうになった。
神田は、下らない、と思った。
確かに今神田は呼び出し、すなわちこの見世の、そして花街の頂点に立っているが、自分の位が上がることで何かが変わるのだろうか。
「別に、俺がどうにかなるわけじゃない」
「なりますよ。神田のことがどれだけ評判になってるか知ってます?」
「さぁな」
もちろん自分の評判がどれほど立っているかなんて聞かずとも知っている。
その名を轟かせる噂の花魁との一夜を求めてくる客が一気に増えていることは、神田自身が一番分かっているのだから。
「それが何だって言うんだよ」
「ほんと、意地悪ですね。この街じゃ結局、お金が一番力を持つんですよ」
「…で?」
「僕よりずーっとお金持ちで老獪なお大尽がたくさん神田に会いに来ちゃうから、僕はなかなかあなたと会えない」
だから、あなたが張見世に出ないのが余計寂しいって言ってるんですよ。
察しが悪い、とでも言いたげに彼は呟いた。
神田には返す言葉がなかった。一番近しい人の気持ちにこんなに鈍感だなんて、それでも一人前の花魁かと唖然とする。
いや、むしろ一番近いからか。
「…ねぇ神田?」
「何だ」
「いつか、あなたをここから連れて行ってもいいですか?」
彼の眼差しは至って真剣なくせに、声が上ずっていた。
それが初めてここへやってきた日のおどおどしていた彼とすっかり変わらないように見えたものだから、神田は笑いがこみ上げてきた。
「本気ですよ」
「お前、俺を身請けするのにいくらかかると思ってるんだよ」
「……大店の主人でもちょっと厳しいくらいですかね」
馬鹿正直に答えるものだから、神田は余計可笑しくなった。
滅多に会いにも来れない程度の稼ぎで何を言う、と思うとこちらまで寂しい思いをしてしまうから。
「じゃ、さっさとそのくらいの御身分になるんだな?」
現実になる筈のない約束だと、お互い知っている。
きっといつか、この身は誰か彼以外のものになってしまうから。
そうなる前に出来る限り、と、神田は彼にそっと触れた。