アレ神・短編

□Nightmare before Tragedy
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 ―あったかい。


そう思って目を覚ました。
けれど視界が開けてしまうと、自分を包む心地好い温度の何かが突然不快なものに感じられた。

ここはどこだっただろう。

チャプン、という音で、温かさの正体は自分が浸かる羊水であることに気付く。
けれど、何故また?

「ユウ、目が覚めたんだね」

響いた声に導かれるように上体を起こして、パシャンと水面から頭を出した。

 水を湛える穴のふちに手をかけ、アルマが楽しそうに笑っていた。
その顔を見たら何だか、ほっとした。

「ユウ、大丈夫?」
「何が?」
「うなされてるみたいだったよ。覚えてないの?」


うなされる?


そう言えば、何か嫌な夢でも見ていたような後味の悪さが胸に残っている。
けれど少し頭をひねってみても、何の夢だったのかは思い出せない。

「ユウ、行こう」

 不意に差し出された小さくて柔かな手。
俺は迷いなくその手を握って、水から出ようとした。
けれどアルマは握ったままでふいに足を止める。

「アルマ?」

どうかしたのかと問いかけても、こちらには背を向けたまま。
代わりに結んでいた手がはらりと解けて、俺の手がパシャリと水面を打って波紋を描いた。

「…アル」
「ユウ、わかった」
「え?」
「ユウが、うなされてた理由」

 言いながら振り返ったアルマの顔を見て、俺は恐怖で目を見開いた。
ぽたり、と膝元の羊水に赤が円を描く。


「僕だけを、ころしたからでしょ?」


狂った微笑みを浮かべた血みどろの幼い顔が、俺を見てにぃっと口を歪ませた。
怖い、と思った。

「……っ!」
「ねぇユウ、何で?」

力ない筈の小さな両手が俺の首を捕らえ、ギリギリと絞めつける。
ろくに息も出来ない状態では答えられるわけもなく、ただがむしゃらに首にまとわりつく手をほどこうとじたばた抵抗した。

けれど両手は空しく空を舞うだけで、水音だけがバシャバシャと響いた。
腕の長さは変わらない筈なのに、もがいてももがいても首を絞めあげる手に届かない。

「ユウ、どうして僕だけをころしたの?」

ぐっと力を込められ、俺は無理やり羊水に沈められた。
苦しい。息が出来ない。


怖い。


「ユウ、どうして一緒じゃないの?」

水中でわずかに開けた目に映ったのは、ぽたり、ぽたりと滴り落ちる赤が円を描いて広がる様。
ゴホッと大きく息を吐いたけれど、水中では不愉快な泡になるだけだ。

視界を染め上げる赤の隙間から、狂気と悲しみに満ちた瞳が滲んで見えた。


「ユウ、どうして僕だけがしんで、君がいきてるの」


 微かに聞こえた悲痛な声に、返せる言葉などあるわけがない。
視界が全部赤で埋め尽くされて、意識がすっと遠のいていった。



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