アレ神・短編

□ユビキリ
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 あいつはいつも、こちらの気が引けるほど優しかった。

「優しい」という言葉をそのままヒトの形にしたかのようだ、と少々皮肉を込めて言ってみたら、あいつは「それは君のことでしょう」と笑った。


「君の名前、日本語だと“優しい”って意味になるんでしょう?」

どこでそんな入れ知恵をされたのか?
大方ラビ辺りの仕業だろうが。

俺がそうぼやくと、当たりです、とあいつが笑う。

「それに僕なんかより君の方が、ずっとずっと優しいですよ」
「…んなわけねぇだろうが」
「身の挺してまで人を庇う君が、優しくない筈がないよ」

 笑った瞳の奥に悲しそうな色を浮かべて、あいつは俺の首筋をすっとなぞった。
先の任務中、逃げ遅れた一般人の少女を庇った時に受けた攻撃で派手な傷が出来ていた箇所。
もう痕すら残っていないから、傷が痛むこともない。
それなのにあいつは唇を噛んで傷があったところに触れ、ぽつりと呟く。

「ほんとに奇麗に消えちゃうんだね」
「…便利なもんだろ」
「便利じゃないよ!」

不意に声を荒げるから、俺は吃驚してあいつの顔をまじまじと見た。
どこにも怪我してないくせに、あいつの目は痛みを堪えるように潤んでいた。

「すぐ治っても、痛くないわけじゃないんだから!そうやって君が自分を大事にしなくなるような体質なんて、便利なんかじゃないでしょ!」

俺は、ぽかんとした。

何でこいつが泣きそうなんだか。
お前は、無傷だったじゃねぇか。
俺だってちゃんと生きているのに、何がそんな辛いんだか。

「…お願いだから、治るから傷ついてもいいなんて思わないでよ」
「何でだよ」
「ここまで言っても分かんないのこのバ神田。僕が嫌だからだよ」

ついに目の中に留めきれなくなった涙がぽろぽろ零れて、嗚咽混じりのあいつは俺を思いきり睨み付ける。

「僕は、君が傷つくのが嫌なんです」

ぐすぐす鼻まで啜りながら言うあいつはまるで子供。
ほんとにガキだなこいつ。
呆れながらもそれがモヤシらしさというものだろうかと思い直して、覚えといてやるよと返したら、あいつはぐちゃぐちゃの顔で笑っていたんだ。


「もう、無茶な怪我なんかしないで。約束ですよ、神田」


そう、それが俺の知ってるあいつの姿だった筈。
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