アレ神・長編

□四季譚 ―春―
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 「……ここ、何処だろう」

呟いた少年は、ぐるりと周りの風景を見回す。
見た事無い造りの家。頑丈な印象の塀。見慣れぬ植物や、町の雰囲気。
明らかに自分一人がこの空間で異質な存在。
いや、空間において自らが異質であるという状況には慣れているのだけれど、今は訳が違う。
何故なら、少年は今、見知らぬ土地である異国に、たった一人で来てしまったのだ。



 「にほん…?」
聞き覚えはあったが、特に興味も無かった国の名前を、アレンの師は突然告げた。
「その、ニホンがどうしたんですか」
「俺の知り合いがいる。行って来い」
「は!?」
弟子の戸惑った叫びに動じる事も無く、師は安宿の椅子で呑気に煙草を燻らせている。
師が唐突にとんでもない事を言い出すのはいつもの事。
だが、今回の唐突さは群を抜いていた。
あまりの事に飲み込めないで目をぱちぱちさせるアレンを尻目に、師は勝手に話を進めた。
「大丈夫だ、最近はあの国も外国人に対して少しは甘くなったと言うから別に殺されたりはしない」
「そういう事じゃないです!!何で僕一人で行くんですか!しかもニホンってどこにあるんですか!」
「分からなきゃ自分で地球儀でも見ろ」
「地球儀はこの間師匠が煙草と物々交換してたじゃないですか!」
ヘビースモーカーである彼は、ついこの間煙草を切らし、かと言って買い溜め出来る金も持ち合わせていなかった。
そこで、煙草屋の主人をどう言ってやり込めたのかは知らないが、地球儀と煙草を交換してきたのだった。
師匠は「あの親父は丸いものが好きらしい」と言っていたが、そんな原始的な商売している筈が無い。
「…もう場所は良いです。何で僕が?」
「俺も後から行く。お前は俺が来るって事を先方に伝えてくれれば良い」
「手紙でも出せば良いんじゃないですか?」
「手紙も出すが、お前の方が速そうだからな」
どんな理由だ。
「それに海を越えるから、手紙じゃ心許無い。あいつは突然行くと連絡しろと五月蝿いからな」
海を越える危なさはアレンも変わらない筈なのだが。
 それからもアレンの質問はひょいひょいとかわされ、状況に流され流されして、今こうして一人で異国の地を踏む羽目になったのだった。
アレンの師―――破戒的且つ破天荒、無茶苦茶な性格のヘビースモーカーである彼は、医師、だ。
それも、相当腕の確かな。
そして、アレンは、彼の弟子として、少しずつ医術の勉強をしている少年、推定15歳。
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