クロコム・短編

□Good-bye without a word
1ページ/6ページ


 「リーバーくんって、きょうだいいる?」

放たれた問いは唐突で、その意味を測りかねた俺は問いかけた主の方に振り返った。
彼はこちらに背を向けて、しゃがみ込んだまま割れたマグカップの欠片を拾い集めている。
彼のお気に入りだったそれは粉々に砕け、カップに描かれていた少しふざけたうさぎの顔が真っ二つに割れているのが痛々しい。
意味は測りかねたが、俺はとりあえず質問に答えた。

「いや、いません。俺だけです」
「そう」

あまり普段は故郷の事など話す機会も無いから、俺は彼に身内の話も殆どしていなかった。
 けれど答えても、問いの意味は見えない。
怪訝そうな顔の俺に、彼は背を向けたまま話しかけ続けた。

「双子ってさ、離れたところにいても同じ事するって言うじゃない」

さっきの問いの意味が分かるどころか、ますます裏の読めない問いを繰り出された俺はどう答えたものか、と思った。

「片方が泣くと、離れたところにいるもう片方も急に泣き出す、って。言わない?」
「ああ、言いますね。俺も小さい頃友達で双子がいたんスよ。お姉さんと弟の。俺が仲良かったのは弟の方で、遊んでたら突然泣き出した事があって。後で聞いたんですけど、丁度その頃家にいたお姉さんの方が怪我してたっていうんです。だからあながち嘘じゃないと思いますけど」

俺は問いの意味が分からないながらも自分の経験を答えてみた。
こんな事を訊かれなければ記憶の海に捨てられたまま、死ぬまで思い出しもしなかっただろう話だ。

 「じゃあさ」
彼はぽつりと、呟くように言う。
「年が離れたきょうだいでも、それはあるのかな」
無機的に、感情を無理矢理に押し込めたような呟きに俺は漸く問いの真意を悟った。

 そして同時に、背筋がぞくりとざわめく。
彼は立ち上がって、ゆっくりこちらを見た。その顔は恐ろしく疲弊している。

「まさか、リナリーに何かあった、って?」
「勿論はっきりとは分からないけど…さっき急に、何となくそんな感じがしたんだよ」

確かに、さっきの彼の様子はおかしかった。
科学班としては珍しく、と言うか、ただ単に仕事が一区切りついていただけだったのだが、特に疲れが溜まっているという事も無い筈だった。
事実、それまでは彼の顔色も良くて、元気なものだった。
それがさっき突然、立ちくらみを起こしたかのように倒れたのだ。
彼のお気に入りのマグカップが壊れたのは、その時手から滑り落ちたからだった。

「そんな、室長」
「…そんな気がね。ふっと、したんだ」

 駄目だ、と思った。
彼は彼女を失ってしまったら、どうなってしまうのだろう。
あの人を失くしてしまった、彼は。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ