クロコム・長編

□2LDK
1ページ/5ページ



 テレビドラマというものがあまり好きではなかった。
妹が毎週同じ時間にテレビの前に座り、展開をひしと見守るのも、あまり理解できなかった。
どうにも作り物臭くて馴染めないし、軽々しく男女の関係が変化するありがちな作風は嫌いと言って良かった。
だって、おかしいだろう。
例えば、目が覚めたら隣に一糸纏わぬ女性が…なんてこと、僕なら有り得ない。そんなに自我を見失うわけがない。

 だが、あの朝、僕のそんな考え方は叩きのめされた。
ただし、叩きのめしたのは裸の艶やかな女性などではなく、下着姿の30過ぎの男だったのだが。



 臭い。
その朝、まだまだ眠りから覚めたくないと主張する僕の意識を妙な匂いが支配したのは、既に10時を回った頃だったと思う。
汗だとか生ごみだとかの類の嫌な臭さではないが、妙な匂いだ。
やに臭いような、上品な香水のような。

 半分眠りながら、僕は匂いの原因をぼんやりと考えたが、思い当たるものは何もない。
この家には喫煙者はいないし、僕は香水も好まない。

 もぞもぞ布団を引っ張り上げながら寝返りを打つと、匂いがいっそう鼻を突いた。
「…何なんだ…?」
まだ眠っていたいのに、と苛立ちを覚えながら、重たい瞼を押し上げた。
しかし匂いの正体が目に入った瞬間、声にならない叫びを上げて飛び起きてしまった。

 見知らぬ赤毛の男が、隣で寝ていた。
しかも、裸で。

「だっ、誰…何、どうして…!?」
ばくばくという脈拍が耳の裏でも感じられる。
物盗りにしては大胆すぎるが、こんな男に見覚えも家に上げた覚えもない。
こちらの動揺にも気づかず、当の男はぐっすり寝ていた。

 目が覚めてしまえば、大して大きくもない僕のベッドに二人でよく眠れていたものだと思う。
とりあえず、起こしてみないことにはどうしていいか分からない。

 呼吸が何とか落ち着いたところで、僕はおそるおそる男を揺すってみた。

「すみません、起きてください」
「何だ」
「うわ!」

あれだけ熟睡していたくせに、男はあっさり起きた。
彼は起き上がりながら鬱陶しそうに頭を振り、驚きを隠しきれない僕を一瞥した。
頭を振った勢いで例の匂いがふわんと漂う。

「何だ」
「あの…どちら様ですか。何で僕のベッドに寝てるんですか」

少々間抜けではあるが、当然のことを聞いたつもりだった。
しかし、男は物分かりの悪い子供を見るような目付きで僕をじっと眺め、憮然として言った。

「お前が昨日俺を引っ張りこんだんだろ」
「はっ!?」

何を言い出すのだ。僕がそんなドラマに出てくる尻軽女みたいな真似をするわけがない。
多分、僕の目付きがそう主張していたのだと思う。

 男はベッドから降りながら気だるそうに続ける。
男は下着は穿いていたから、少しほっとした。

「妹がどうのこうのと泣き叫びながら俺を捕まえてここまで引っ張ってきたんだろ?忘れたのか」

男は、しかし酒臭くてかなわなかった、と一言付け加えた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ