その他
□「2」
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「トゥイ!どこに行っていたんだ?その格好は…!?」
「構いません、伯父上」
「いやいや、着替えなさいトゥイ!」
「相手の方をこれ以上お待たせしたら申し訳ないですから」
埃まみれの姿で行く方が余程無作法だ、と言いたいに違いない伯父の顔を見ないふりをして、私は指定された部屋へとすたすた歩く。
重厚な扉の横に控えていた男が吃驚して私を見たが、ぎろっと睨んだら何も言わずに縮こまった。
「失礼いたします」
全く悪びれない声で、私は重い扉を押しあける。
途端に中にいた全員が一斉に私を見、酷い格好に衝撃を受けて目を見開いた。
その中の一際若い金髪の少年―――おそらく、これが私の「許婚」なのだろう―――もまた、唖然として私と見ていた。
口までぽかんと開けて、何とだらしないことか。
丁寧に撫でつけられた髪と黒い正装はその面構えの間抜けさを引き立たせていて、私は自分の決意をさらに固めた。
こんな男、絶対に嫌だ!!
「遅くなって申し訳ありません」
部屋中の誰もが唖然として声を失っているのをいいことに、私は淡々と続けた。
「許婚」を真っすぐ、半ば睨むように視線で射る。
「突然ですが、私は結婚なんてしません」
「トゥイ、何を」
「父上は黙っていらして!!」
睨みつけながら声を張り上げると、父が驚いて口を噤んだ。
こんなこと、初めてだ。
「誰と結婚するかは、私が決めます。父上ではありません」
だから、と私はもう一度「許婚」に向き直る。
「あなたとは結婚したくない!」
誰ひとり、説得も反論もしなかった。
儀礼をすっぽかした上に髪も服もぐしゃぐしゃで、やっと現れたと思ったら婚約破棄を声高に宣言するという非常識な娘に、誰もが言葉を見つけられなかったのだ。
私は部屋にいた全員の顔をぐるりと見渡し、それじゃ、と呟いて踵を返した。
まともな神経の持ち主なら、生まれた時からの約束だろうと何だろうと、こんな非常識な娘との結婚なんてお断りだろうし、ここまでの失態を演じた私との結婚はいくら父でも強要できまい。
つまり、私の目論見はこれで成功した。
生まれて初めての不思議な満足感を覚えながら、私は部屋を出ようとした。
だが、何か妙な呟きが聞こえた気がして、私はつい足を止めてしまったのだ。
「まっ……て」
え?と振り返ると、「許婚」の少年が、小さく口を震わせていた。
部屋中の視線が一気に私から彼へと移る。
「…今、何て?」
「待、って、ください」
がたん、と音を立てて立ち上がる「許婚」はしかし、私を真っすぐ、必死に見つめていた。
「君の言うことは分かりました」
「なら、私はもう」
「でも僕は、君と結婚したいんです!」
「…はい?」
どうして、と思った。
こんな仕打ちをする私と結婚したいだなんて、どういう神経で言えるのだろう。
「確かに僕らの婚約は、自分で決めたものじゃないけど。でも、僕はたとえ周りが反対したって、君と結婚したいんだ」
この状況ではまず間違いなく反対されるだろう。
思わぬ言葉を叫ぶ彼に、私は威勢の良い反論も思いつかず、きょとんとそれを聞くしか出来なかった。
「……何でそんなに私と?」
「だって僕はその、君のことが、好きなんです!」
「今初めて会ったのにか」
「そうだけど、好きなんだ!」
「そんなことがあるか」
「そうだけど、そうかもしれないけどでも僕は…」
うっ、と言葉に詰まった彼は目を宙に泳がせながら、必死に私を引き止められる何かを探していた。
その様は本当に滑稽で、私は深い溜息をつく。
もう周りに父や彼の家の者がいることなどどうでもいい。
兎に角、こんな男と結婚なんてしたくない。
「いいか、よく聞け」
「へっ?」
最早涙目の彼は、丁寧さを振り払った私の口調に目を点にした。
「私はその変な余所行きの髪形も服も嫌いだ。それに何だ、男のくせに涙目なんて」
「そ、それはその、ごめんなさい…」
「弱い男なんて好みじゃない」
「じゃあ強くなるよ!」
「ふん、勝手にしろ。兎に角私は、お前みたいな男は全くもって好みじゃない!」
捨て台詞を叩きつけ、私は今度こそ踵を返した。
これだけ言えば、気弱そうな彼はきっと私のことなんて諦める。
そう、思っていた。