アレ神・短編2

□プラマイゼロ
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 きっと、というより確実に、アレンは勘違いしていたのだ。
恋人同士なんていうものになった覚えは、少なくとも神田には無い。
ただお互いに苛々をぶつけ合うだけの関係がこじれて、身体を重ねるようになっていただけだ。
造られた身体でも、人間を模している以上生きるための欲求は変わらない。
自分のものなのかどうかさえ朧な「あの人」への気持ちは、そういう欲求とは切り離されてしまっているようで神田の中ではまるで違うものだった。
結果神田は人間と同等の欲求を持っていても、それを向ける相手を持たないし持つ気にもなれなかった。
それを解消するための手段として、アレンは体の良い存在だっただけだ。
繰り返される喧嘩のなれの果てみたいな関係でしか、無かった筈だ。

 それを一体あいつは、何をどう勘違いしていたというのだろう。
深く考えれば気付きそうになる答えから、神田は目を逸らした。
必要なことならばどんなに惨くても視線を外すことはしない。つまり神田にとってアレンが抱いている本当の感情は、必要じゃなかった。もっと言うなら邪魔だった。
目的のためだけに生きるのに、目的と関係無く現れたアレンの気持ちなんて馬鹿正直に考えるのは無駄だ。

 そう思うから、あの6月6日以来神田はアレンと身体を重ねるのを拒んだ。
正確には無理に拒むことをせずとも、向こうからも迫ってくることが無くなった。
ただ、前よりもずっと、何か言いたげな顔で遠くから見つめられていると気付くことはよくあった。勿論、一度も反応なんて返さなかったけれど。
そしてそういう時は決まっていつも、視界の端に映るあの忌々しい口があの日と同じ形に動いていた。




『どうして?』




 さて、どうしてだか。もうお前も分かっただろ。
教えるつもりなんて無かった。そんなことを知られたらあの馬鹿が鬱陶しく同情まがいなことを吐くだろうことは最初の任務の時から察しがついていたから、ごめんだったのだ。
そして案の定、あの馬鹿はとんでもないことをしでかしてくれた。
自分の身を呈して、立場を呈して、全部全部捨ててしまった。

 馬鹿だろ、お前。
知っていた。アレンが切り捨てられないものは決まって、どこか本人と同じ影を持っているって。
大事な人をこの手で殺したという影を背負っていると知ってしまった以上、アレンが自分を、アルマを救おうとするのなんて目に見えていた。
そしてそれがアレンがやっと手に入れたあたたかい場所と引き換えになることも、あの真っ最中はともかく簡単に分かる話。

「………っと、馬鹿じゃねーの」

 誰も聞く人がいない殺風景な部屋で神田は呟く。
腰には一度は失った、手放したつもりの愛刀を収めている。死亡者として扱われ何もかも処分されたと思っていた部屋に残されていた―――科学班の連中の計らいだとリナリーは言っていた―――団服を纏う姿は、何も知らない奴が見たら以前の自分と何一つ変わらなく見えるのだろう。
でも、全然違う。
もう二度とこの教団のために刀なんて振るわない。

 理由はたった一つ。その理由を果たすのが先か、この身体の限界か先かは知らない。
それでももう決めたのだという思いを胸に、神田はリナリー達が待つ出口に向かうため部屋を出た。
あくまでここに立ち寄った意味はズゥ老師の最期を看取るため、そして六幻を手に入れるためだけなのだから。
急がなくては、とドアを開けた。けれど神田はそこで思わず足を止める。

 一瞬見えた、幻。
蓮の花はもう見えない。幻というよりは、残像だろうか。
あの夜、浮かれた顔で現れた腹立たしいアレンの姿が一瞬だけ脳裏をよぎった。
振り払った手に握られていた、ぐしゃりと潰れることになる小さな箱も。

 あの日あれを振り払ったことを間違っていたとは、今も思わない。
あの時の自分にとって―――いや、今の自分にとっても、6月6日という日が本当に喜ばしいのかは疑問だ。
でも、と思う。
今もしもう一度アレンがあの日の箱を差し出してきたなら、少なくとも潰れるほど勢いよく振り払ったりはしないだろう。
いやそもそも、と思い直しながら神田はゆっくり歩き出した。


 あの箱の中身を、神田は知らない。
アレンは覚えていそうなものだけれど、確かめるつもりもない。
けれど、相当時間は過ぎたけれど神田はあの箱を受け取ったのと同じだ。
神田ユウ、というひとりの人間にやっとなれた。そしてそれはほかでもなく、アレンがいたから成し得たことなのだろう。
ならそれはそのまま、少々居心地の悪い話だけれど「神田ユウ」というひとりの人間の命をそのまま、アレンが渡してきたようなものだ。
小さな箱にはきっと収まらないだけのものをあの日、神田は受け取った。だから今こうして、生きている。

 けれどあのモヤシは馬鹿だから、俺に渡し過ぎだと神田は思う。
手加減したらそれはそれで駄目だったのかもしれないけれど、あいつはいろんなものを一気に手放し過ぎた。
ついでに言えば、自分はそれを助けるどころか手放すきっかけをずっと見ないふりをしてきていた。
 だから行くのだ。もらい過ぎたものを、返しに。
罪滅ぼしでも同情でもなく、そうしなくてはお互いに対等でいられない。


 リナリーが急いでという風に焦った顔で手を振るのが見える。
神田は小さく頷いてほんの少しだけ、歩みを速める。
多分もう二度と戻らない場所との別れはまったく寂しくも悲しくもなく、ただいつも通り、たった一つの目的だけが在る。



 さっさとてめぇに、返してやるよ。
そうでもしないと俺は居心地が悪くて、いつ死ぬのも、困るくらいなんだから。

Fin.


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