アレ神・長編
□リトル・リリーズ
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翌日の朝、神田はいつもより寝覚めが悪いのを感じて舌打ちしたい気分になった。
結局あの後もリナリーの御説教を食らい、就寝が遅くなったのである。
当のリナリーは隣の布団ですやすやと眠っている。
神田が帰ってくるまで留守番しててあげるわよ、などと笑いながら言っていた昨夜の彼女の顔が目に浮かぶ。
「…ったく」
今日は練習試合だと言うのに、と文句を言ってやりたいのを抑えながら、神田は物音を立てないように家を出た。
今日の剣道部の練習試合の相手校は、神田たちの高校のすぐ近くの都立高だ。
スポーツの特待生として入学した神田は2年生ながら当然のように勝利を期待され、その期待に応えるだけの実力もある。
「おはようございます」
「おう、神田、今日も頑張れよ。着替え場所はあっちな」
顧問の教師に指示された方に向かって神田が歩きだした時、聞き覚えのある声が飛んできた。
「ユウー!」
「…ラビ?」
へらりと笑いながら近づいてきたのは、中学の時の同級生だった。
「久しぶりさー、ユウ。相変わらず美人さんさね」
「お前何してんだよ。」
「何って、俺ここの生徒だもん。試合見にきたんさー」
相変わらず物好きな奴、と神田は心の中で呟いた。
「…で?一人で来たのかよ。お前はもう3年だろ」
「違ぇさー。後輩呼んだんだけど、まだ来てねぇから暇で」
「ラビ!ここにいたんですか?」
自分の後ろから聞こえてきたのは、確かに聞いたことがあるのに顔が浮かばない、何だか苛立つ声だった。
まさか、と振り返ると、相手もばっと立ち止まった。
「あっ…!」
「てめぇ、あの時の…!」
ぎりぎりと神田を睨みつけていたのは、忘れもしない、あの電車で出会った白髪の高校生だった。
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最悪な一日だった。
帰宅した神田の眉間の皺の数と深さは無言でそれを物語っていて、リナリーですら思わず息を呑んだ。
ただいまも言わずに仏頂面でどすどすとリビングに入ってきた神田は、名前入りの剣道部の道具入れの袋を無造作に床に置き、荒々しくソファに沈み込んだ。
やや間があってから、リナリーから訊いた。
「…どうしたの」
「どうもこうも…!!」
苛立ちを抑えきれなくなった神田は一気にまくし立てようとしたが、怪訝そうなリナリーの顔を見て何とか冷静さを保った。
どうせ、この年下なのに自分よりも大人びた幼馴染は、ゆっくりと落ち着いて自分を諭してしまうことが予想されるから。
「…………まず、試合に負けた」
「え?練習試合で負けるなんて、珍しいわね」
「当たり前だろ!初めてだ!」
しかも普段の神田なら負けるはずがないような相手にだ。
何故負けたかと言えば、神田がらしくない隙を作りまくっていたからである。
「そうよね、聞いたことないもの」
言いながらリナリーは手際よく温かい紅茶を差し出してくれた。
アールグレイの香りだ。
神田が気付かないうちに淹れていたらしい。
それを一口啜ってみれば多少苛立ちは収まったかのような気がしたのに、リナリーの次の問いは神田の怒りに再び火をつけた。
「で、何でそんな隙だらけだったの?」
「…っ、あいつのせいだ!」
「は?」
「あの白髪のモヤシみたいな奴!!」
思い出すだけで手がぶるぶると震えてくる。
リナリーは長い付き合いの中でもほとんど見たことがない神田の姿に唖然とした。
「白髪…って、もしかして痴漢の話の?」
「そうだ」
「ふーん、あそこの都立の子だったんだ。何ていう子?」
「名前なんか知るか、あんなモヤシ!」
「ちょっと神田、それはひどいわよ、女の子相手に」
「知るか!!」
そう言って神田はガシャンと音が立つくらいの勢いでカップを置き、唖然とするリナリーを残して部屋に入ってしまった。
ベッドに倒れ込んだ神田の脳裏には、試合の前、そして最中のあの白髪の女子高生が浮かんだ。
「…ほんと、ウゼェ」