失うもの。


得るもの。





二つの犠牲を払い、二人は、今――


















簡素な、白い病室。
その病室の一室で、これまた簡素な白いベッドの上で静かに本を読んでいる少年がいた。



銀髪に真紅の瞳を持った少年――ヘッポコ丸である。



真剣に字の羅列を辿る彼の瞳。だが、字の羅列を辿っているのは右の瞳だけである。




彼の左目を塞ぐように、覆うように白い包帯が幾重もグルグルと巻かれており、瞳の下…頬には、一閃の傷痕が残っている。






コンコン






「はい」




突如静かな部屋に響いたノックの音。それに反応したヘッポコ丸は顔を上げ返事をした。返事をしてすぐにスライド式の扉が開かれる。入って来たのは、紅色の長髪が美しい男だった。




「ソフトンさん」
「具合はどうだ?ヘッポコ丸」




ソフトンと呼ばれたその男は優しく微笑みながらベッドに近付く。その言葉を受けて左目に巻かれた包帯に触れながら、ヘッポコ丸は答える。




「まだ少し痛みますけど、特に問題はないです。お医者さんはもう少し様子を見てから退院だって言ってました」
「そうか」




安心した、と言ってソフトンは側に立て掛けてあったパイプ椅子を引き寄せて座った。




「すいません、俺のせいで旅がストップしちゃって…」




自分が負ったケガによって、旅の予定が大幅に狂ってしまったことを悔い、申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べるヘッポコ丸。それに対し、ソフトンは「気にしなくていい」とやんわりと首を振り、ヘッポコ丸の左目に巻かれた包帯に触れた。




「この傷は、俺の責任だ」




その言葉に、ヘッポコ丸は小さく顔をしかめた。












数日前のことだった。ボーボボ一行は旅の途中、毛狩り隊Pブロック近くに訪れ、来たついでに潰しておこうと考えて(結構軽いノリである)一行は堂々と侵入した。そこは武器生成を主として活動しているブロックであり、ここを潰せば敵の勢力は大幅に削れる事が分かり、ボーボボ達は益々やる気になった。…が、予想外にボーボボ達は苦戦した。






理由を上げるなら、一つ目は相手が数多くの武器を所有していたこと。そして二つ目は個々がその武器を使いこなせていた為だ。流石武器生成を主に活動していたブロックの者だと、皆少し関心しつつ着々と奥へと足を進めた。




三つ目は、武器に刀を持つ者が極端に多かった事だ。刀の刀身は長い為、容易に近付くことを憚れて間合いを取ることを余儀なくされる。故に、一人を倒すのに少々の時間を要したのだ。




しかし所詮はボーボボ達の敵ではなく、全員順調に隊員達を次々と打破していった。






しかし、敵が煙幕を使ってきたのはボーボボ達には予想外の事だった。敵は煙によって隠され、味方さえも視認出来ない為に攻撃はままならない。味方に当たれば最悪だ。自然と相手の出方を待つ状態となった。敵は目の前に居るのに手出し出来ない――なんとも歯痒い状況である。




そして案の定と言うべきか…隊員達は煙幕に高じて斬りかかってきた。首領パッチと天の助はボーボボによって盾にされて(いつもの事だ)斬られ、破天荒も腕に傷を負った。



そして仲間達が手傷を負う中、ボーボボは首領パッチと天の助を振り回しながら闇雲に突っ込んで行ってしまう。比較的ボーボボの近くに居たソフトンが後に続こうと足を踏み出した時、敵が気配を消して斬りかかってきたのだ。気付いた時にはもう遅く、避けられないと判断したソフトンは一瞬死を覚悟した。…が、





「ソフトンさんッ――!!」




刹那、横から飛び出してきたヘッポコ丸がソフトンを強く押した。衝撃に押し出されるソフトン。当然、ソフトンの位置に立ち代わるのは、押したヘッポコ丸自身。敵も呆気にとられていたが、刃を止めることは、もう出来なくて。







舞う血飛沫。

響く絶叫。

倒れる体。

痛みに悶えて呻く少年。






ソフトンが体勢を立て直してヘッポコ丸に駆け寄るのと、背後から現れた破天荒がその隊員をLOCKしたのはほぼ同時だった。





ブロックは壊滅させたが、少年の左目は、もう戻らない――




払われた犠牲は、取り返しのつかぬ程、大きなもので――







「俺のせいで、お前は左目を失うことになったんだ。…あの時、俺がもう少し辺りを警戒していれば、こんな事にはならなかった」




自分の責任で、彼に弱点を作ってしまった。


自分の責任で、彼から光を奪ってしまった。


自分の責任で、彼の未来の可能性を半減させてしまった。




「すまない、ヘッポコ丸…」





消えない傷を、背負わせてしまった…。







「ソフトンさん、謝らないで下さい」




包帯に触れ、項垂れるソフトンの手にそっと触れるヘッポコ丸。




「あれは、俺が勝手にやったんです。俺が飛び出さなくても、ソフトンさんなら対処出来たと思います。だけど…俺はソフトンさんが傷付くのは見たくなかったんです」




ヘッポコ丸はそう言って力なく笑った。ソフトンさんが気にやむ必要はない、責任を感じる必要はない、仕方なかったのだと、彼の瞳がそう語っている。包帯に覆われていない右の真紅は、ソフトンを責めてなどいない。




「だから、謝らないで下さい、ソフトンさん」




ヘッポコ丸が謝罪を望んでいない。そんなことはソフトンにも分かっている。しかし胸に沸き上がる罪悪感は、脳に『謝罪』の信号しか送り込んでくれない。また口をついて出そうになった「すまない」の言葉を飲み込み、ソフトンはヘッポコ丸の唇にソッと口付けた。傷に余計な刺激を与えぬよう、柔らかく、優しく。




深くなることのない、触れ合うだけの口付け。ヘッポコ丸はソッと目を閉じ、ソフトンの首に手を回した。ほんの少しでも長く、触れていたかったから。簡単に離れてほしくなかったから。





数秒だったのか。数十秒だったのか。はたまた数分だったのか。時間の流れを曖昧にしか感じ取れぬ程、二人は口付けを交わしたまま動かなかった。ようやく離れた唇は、お互いにしっとりと濡れていて。頬に朱が走っているのは、お互い様だった。





「ヘッポコ丸…」
「すまない、ならもう聞かないですよ」
「あぁ、分かってる。だから、これだけ言わせてくれ」




ヘッポコ丸を優しく腕に閉じ込めて、ソフトンは小さく小さく、呟いた。囁いた。







「――俺を守ってくれて、ありがとう」





俺なんかのために傷付いてくれて、ありがとう。





自分は謝るばかりで、まだヘッポコ丸に礼を言っていなかった。師が弟子に傷を作らせてしまったという罪悪感に呑み込まれ、謝礼の言葉を蔑ろにし、謝罪の言葉しか口にしなかった。ヘッポコ丸は最初から、そんなものは望んでいないのに。




その言葉が、何より望んでいた言葉なのだろう。謝罪よりも、「ありがとう」のたった一言を、ヘッポコ丸は望んでいたのだ。謝られるために護ったわけではなかったから。悲しい顔をしてほしかったわけではなかったから。ヘッポコ丸は小さく笑って、言った。




「どういたしまして」





二度目の口付けは自分から仕掛けた。驚きでソフトンが少し固まっていたのは感じ取ったが、ヘッポコ丸は知らないフリをして自ら舌を絡めた。











傷 疵 キス
(大切なアナタが傷付くくらいなら)
(俺は喜んで盾になりましょう)







一体いつ書き始めていたのか分からないコレ(^ω^) 書き掛けでずっと放置してたので書き上げてみた。当時の俺は何を思ってコレを書いてたんやろ…。









栞葉 朱那

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