※パロディ


※へっくんが天使









「もう俺は天(そら)へ帰れない」





人間の汚さに触れすぎた。


人間の醜さに触れすぎた。


人間の卑しさに触れすぎた。





人間の清き心、つまり『正』の気を吸って生きる俺達天使は、対象的であるその汚い感情、つまり『不』の気は猛烈で強烈な毒となる。その『不』に触れすぎてしまえば、天使の象徴である白い翼はボロボロとその形状を失い、天(そら)へ帰る手段は無くなってしまう。




「俺がお前を帰すと思ってたのか?」




最早数少なくなった翼の羽を、お前は一枚一枚乱暴に毟り取っていく。翼と形容するにはあまりに頼りなくなってしまったその翼を、お前はまだ執拗に壊していく。破壊していく。とっくに飛ぶことなんて出来なくなってしまったスカスカの翼を、どうしてお前は注視するの?




「お前を天(そら)へなんか帰さない。お前は俺のものだ。俺の天使。俺だけの天使」





汚い感情。汚い欲。その欲の名は、独占欲。





俺はお前を幸せにするために下りてきた。不幸だ不幸だと嘆くお前を哀れに思って、少しでも幸せにしてあげたくて、誰にも言わず天(そら)を抜け出して、お前の前に現れたのに。





天(そら)から見ているだけじゃ分からなかった。お前の汚さなんて。お前の醜さなんて。お前の卑しさなんて。





無知は罪。俺がお前の『不』に気付けなかったせいで、俺は天(そら)へ帰る手段を失ったのだ。




「そんなことしなくても、俺はもう飛べないよ…?」




お前の汚さに触れすぎたから。



お前の醜さに触れすぎたから。



お前の卑しさに触れすぎたから。





俺は、天使としての存在意義も存在価値も存在理由も、分からなくなっちゃったんだから。最早俺は天使なんて呼ばれるに相応しい姿ではなくなっちゃったんだから。





スカスカ、ボロボロ、ハラハラ、翼は確実に薄弱の一途を辿る。俺が幸せにしたかったお前の手によって、儚いモノへと姿を変えていく。






天使だった俺は消え、堕天使となる。







「お前の翼は、綺麗だな」
「いらないよ、こんな羽なんて」




お前は俺の背に生えるコレを『翼』だと言う。俺には最早『羽』の寄せ集めだとしか思えないコレを、お前は『翼』だと呼称する。




「この翼さえ無くなれば、お前は完全に俺のモノになる」
「今のままでも、俺は充分お前のモノだよ」
「ダメだ」




お前はそう言って『翼』――否、『羽』の寄せ集めの生え際に爪を立てる。強く強く、抉るように、生え際をなぞる。否、既に皮膚は抉られている。付け根からほじくり返す勢いで、爪で容赦なく抉られる。痛みに呻く俺を、お前は開いた手で抱き締める。




「俺の手でお前を堕天使にしてやる。堕天使になって、ずっと俺の側に居ろよ。俺を幸せに出来なくたって良いぜ。俺はお前が居れば文句はねぇ」
「っ…は……お前、勝手だな…」
「生憎と強欲なもんで」




それもお前は知らなかったのな。お前はそう言って『羽』の付け根を僅かながら肉と分離させた。鋭い痛みに俺は悲鳴にも似た声を上げる。背中が熱い。否、温かい? 痛みで熱くて、痛みとは違う別の何かが温かい。この温かさの正体はきっと、俺の血液。背中だから見えないが、きっと抉られたそこから夥しい量の血液が流れているのだろう。




「へぇ、天使の血も、人間と同じで紅いんだな」




俺に見せ付けるように手に付着した血を舐める。そんなお前の背に見えた空があまりに綺麗で、俺は無意識に手を伸ばした。激痛で上がらない腕を上がる限り上げて伸ばして、空に縋り付くように。





空はあまりに遠くて遠くて、指先を掠めることすら、適わなくて。





「愛してる、俺の最愛の天使…」





もう俺は、天(そら)には帰れないのだと、改めて実感した――




















――――
届かない空
ナイトメア/茜

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