※半獣パロ










人々の愛玩動物として半獣が流行り出したのは今から数年前のこと。犬や猫のような極一般的な愛玩動物の人気もまだまだ衰えを見せて居ないが、半獣の人気ぶりはそれすらも上回る勢いを見せているのも確かである。




半獣の人気がうなぎ登りの理由としてあげられるのは、人間との意志疎通が容易であるということにあるのだろう。吠え等のアピールではなく、しっかりとした言葉を話すことが出来る半獣。その訴えを簡単に理解出来るということは、共に暮らしていくに当たってとても有り難いと言えるだろう。





しかし、その利点にはマイナスポイントがある。それは、意志疎通が出来るが故のいさかいや拗れである。先に述べたが、犬猫と違い、半獣は話すことが出来る。『半獣』とは言っても限りなく人間に近い彼らは見た目以外は人間となんら大差はない。共に暮らしていく上で――当然ながら愛玩動物は飼われるために存在している――なので、意志疎通での齟齬が発生するのは否めないのだ。人間がいざこざを起こすのと同様、人間と半獣もいざこざを起こすのだ。性格の不一致など、珍しいことでもないのは誰にでも分かる。人間だって人の好き嫌いがあるのだから、人間に近い半獣に似通った感情を抱くことも然りなのだ。



そうしたトラブルがあると、行き着く先は『飼育放棄』――つまり、捨てるのだ。半獣を。まるで物のように、簡単に。犬や猫を捨てるように、躊躇なく。

半獣が流行り出してから数年が経つが、人気に伴い捨て半獣の数も増えている。愛されるために作られた半獣は、その存在意義を見失うのだ。彼らにとって、それ以上に苦痛な事などないだろう。





俺達の仕事は、そうして捨てられた半獣を保護し、ケアを施し、新しい飼い主を見付けることにある。決して楽な仕事ではないけれど、俺はこの仕事に誇りを持ってる。愛されることを否定された半獣達に、もう一度愛される喜びを教えてあげられる。それが、俺の仕事。









―――――









保護された半獣達には部屋が与えられる。床も天井も壁も真っ白で、脱走防止のために高い位置に設置された窓には鉄格子が嵌められ、そして少量の玩具と豊かな寝具、その他風呂やトイレもあるなかなか広い部屋。基本的に一部屋に一匹使用が決まりだ。理由はケンカをして怪我をしないように、である(昔、ケンカによって大怪我した半獣がいるらしい。それからは一部屋一匹が原則となったんだとか)。



新人の俺が現在担当しているのは白猫の半獣だけ(本来は複数体を担当するのだが、新人の俺はまだ一匹しか任されない)。一週間前に保護されたその子は、冷たい雨が降りしきる中、ポツンと公園のブランコに座っていたらしい。見付けた先輩が手持ちの食べ物を差し出しても受け取らず、話し掛けても何も答えなかったという。困り果てた同僚はセンターに連絡し、その子を保護したのだ。




それから一週間が経過した。食事はある程度摂ってくれるのだが、如何せん心を開こうとしてくれない。話し掛けても、一言の返事か頷きか黙り決め込むか…この三択。意志疎通が容易なはずの半獣なのに、普通のペット以上にやりにくい。なんだろう、これってなんていう仕打ち?



そうして全身で拒絶を表す白猫半獣だけど、その体に目立った外傷がないのが救いだった。絹のように綺麗な銀髪に、そこから覗くパールホワイトの猫耳、ルビーのような真紅の瞳、すらりと伸びる手足は陶磁器のように美しい。臀部から伸びる耳と同色の尻尾はいつもユラユラと揺れている。見た目は十五、六歳ぐらいだと思われる。なかなか整った顔をしてるなぁっていうのが俺の本音だ。







捨て半獣の多くは、飼い主から理不尽な暴力を受けていることが多い。一体どんな理由でそんな暴力を奮うのか理解しかねるが…大体の子は体が痛ましい程に傷付けられている。そのせいで人間不振になってしまう半獣も居たりする。そうなってしまった子の末路は…な。言わなくても分かるだろ?

だけどこの子はそういったものは見受けられない。ならば、何故この子はあんな所に居たのだろう。一週間が経過した今でも、その理由は聞き出せていないのだ。





「美味いか?」
「………」




俺の問い掛けに、むぐむぐとパンを咀嚼しながらコクリと頷くその子。何時までも『この子』や『その子』って表現するのは、まだ名前を聞き出せていないからだ。だって聞いたって答えてくれないんだもん。無理に聞き出そうとも思ってないから、自分から名乗るのを待ってるんだけどさ。


食事の間はスタッフが側に付いてるのが決まりだ。ちゃんと食事をしているって把握しておかなくちゃいけないかららしい(昔、食事をトイレに捨てて食べたと偽ってた子がいるんだとか)。栄養管理も立派な仕事の内。それと同時に、半獣との信頼を深める良い機会でもある。時間は有効に使わないとな!




「なぁ、そろそろ話してくれても良いんじゃない? 公園に居た理由」
「………」
「…飼い主はどんな奴だった? 優しくしてくれたのか?」
「……ん」
「ふーん。けど、だったらなんで公園なんかに?」
「………」
「………」




会話がエンドレスしてる…。全く進展しない…。一週間前からなんにも変わってない…。時間が有意義に使えてない…。うぅ、俺挫けそう…。





でも、受け答えしてくれるだけまだマシだと思う。最初の三日ぐらいは全くの無視だったんだから。それを考えれば、今の関係は大きな進歩だと言っても良い。信頼関係が形になってきた……って感じかな? 全然そうは見えないだろうけど。



この一週間、俺はこの子に俺の事を色々話した。小さい頃のイタズラ話や、同僚でバカばっかりやってる二人の親友の話や、俺の好きな食べ物や音楽や色々…思い付く限りはこの子に話した。反応は薄かったけど、聞こえてないはずはない。心境に何か変化があってもいいはずだ。






「…………ねぇ」
「ん!? な、なんだ?」



は、話し掛けられた! 初めてこの子から話し掛けてくれた! ちょ、天ちゃん感激なんだけど! 突然のことにちょっと声が裏返ったんだけど恥ずかしい! あああでも嬉しいのには代わりないぞ! 今までなんのアクションも返して来なかったのに…天ちゃんの努力が報われたのかな!?




「貴方の名前、なんだっけ?」
「名前? 最初に名乗ったんだけどな…天の助だよ。お前は?」
「…………ヘッポコ丸」
「ヘッポコ丸? 変わった名前だな」
「マスターが…強い子に育つようにって、付けてくれた名前なんだ」
「なるほどねー」




意味と逆の名前を付けて安泰を願う…ってやつだな、きっと。最近はめっきりその文化は衰退しちゃったけど。




「でも、なんで名前聞いてきたんだ? 今まで気にしてなかっただろうに」
「……天の助になら、話していいかなって、思ったんだ」




俺は驚きで目を見張った。嬉しいけど、一体どういう心境の変化だろうか。確かに、俺は自分の事を話すことで少しでも警戒心を解こうとしてた。信頼関係を、築こうとしてた。だけど、さっきまでその成果は小さな欠片程度のものだった。なのに今、この子は――ヘッポコ丸は、俺になら話しても良いと言っていた。言ってくれた。それはつまり…俺の事を(僅かでも)信頼してくれた――信用しようとしてくれた…って、考えても良いのかな?

嬉しくてどぎまぎしていると、食べかけのパンを皿に置いて、膝を抱えるように座り直してヘッポコ丸は話始めた。




「マスターはね、俺に凄く優しくしてくれたんだ。おっきな手の平で俺の頭を撫でてくれて、俺のこと可愛いって言ってくれて、色んな所にキスしてくれて…すごく愛してくれた。俺は、マスターに愛されることが、スッゴくスッゴく嬉しかったんだ」




そう語るヘッポコ丸の顔は、ここに来て以来初めてじゃないのかと思える程に明るいものだった。笑っているわけではない。ただ、目に光が宿ったように見える。ずっと暗く影を落としていたというのに。

この口振りからすれば、どうやらヘッポコ丸は本当に大切にされていたようだ。俺が聞いてても、それはとても喜ばしいことだ。





でも、なら…。





「なんでその人から離れたんだ? 幸せだったんだろ?」
「………俺、悪い子だから」
「え?」
「マスターに、恋しちゃったんだ。半獣の俺が、マスターに恋しちゃいけないのに…」
「恋、か…」




半獣が人間に恋をする。そんなケースは、決して少ないことではない。人間に近い半獣…なのだから、勿論恋愛感情を抱く。その相手が飼い主であることだって――不思議なことじゃない。

しかし、それが報われることは――ほとんどない。



飼い主のほとんどは、半獣を『ペット』としてしか見ない。恋愛対象として映さない。抱くのは親愛――ただ、それだけ。



それ以上もなく、それ以下もない。




「こんな気持ち、抱いちゃいけないのは分かってた。だけど、マスターが好きって気持ちはどんどん大きくなって…だから、俺…」
「飛び出してきた、だな?」





控え目な頷きが返ってくる。真紅の瞳は薄い涙の膜で覆われていて、今にも溢れ出してきそうだ。




「マスターは勝手に出ていった俺のことなんて嫌いになったに決まってる。きっとマスターは俺のこと忘れて、新しい子を見付けてるんだ…」



声が震え始めた。涙が零れ落ちるのに、そう時間は掛からないだろう。




「もう俺は、誰にも必要とされてないんだ…」
「…それは違うぞ、ヘッポコ丸」



悲観に沈むヘッポコ丸に近付く。こっちを向いていなくても、近付く気配は伝わってるはず。それでもヘッポコ丸は拒絶の意志を見せない。それに気を良くして、俺はヘッポコ丸の隣に許可も取らずに座った。それでもヘッポコ丸は拒絶しなかった。




「お前の飼い主は…マスターは、きっとお前のことを探してる筈だ」
「…でも、もう一週間も経つのに…」
「此処は小さな施設だからなぁ…多分、まだ此処の存在を知らないだけだよ」
「そうかな…」
「そうだって」




銀髪を乱暴に撫で付けて肯定する。正直、掛けてやれる言葉はこれしか思い浮かばない。ただの気休めにしかならないのは分かっている。だけど、こう言ってやるのが、今の俺に出来る最善策。少なくとも、俺はそう思ってる。



この施設が小さいのはフォローしようのない事実だ。けれど、この辺りはこの施設しか半獣を保護出来る、またはしている所はない。だから、本当にヘッポコ丸の飼い主がヘッポコ丸を探しているなら、真っ先に此処を訪れないのはおかしいのだ。ヘッポコ丸が――飼い主が何処に住んでいるのかなんて知らないが、そう遠い所ではないだろう。不思議なことに、半獣の多くは自分の知るエリアから抜け出すのに躊躇いを持つ。故に、ヘッポコ丸はこの施設からそう離れた場所に住んでいないはずなのだ。







なのに今、ヘッポコ丸の飼い主は現れていない。それが意味するのは『愛情喪失』――もとい、『飼育放棄』だ。







現時点でそう判断するのは些か早い気もするが、多分間違ってはいないと思う。ヘッポコ丸は――捨てられたのだ。




しかし、それを宣告するのは、あまりに酷だ。




「早く迎えに来てくれるといいな」
「……うん」




耳をピコピコ動かして、尻尾をユラユラと揺らして、ヘッポコ丸は小さく頷いた。その表情が当初よりも柔らかくなったのを見て、俺はなんだか無性に泣きたくなった。こんな健気な子に嘘をつくのが、とてつもなく忍びなかった。













なぁ、まだ会ったことのないヘッポコ丸のマスターさん。頼むから、ヘッポコ丸を迎えに来てやってくれ。コイツはずっとあんたを待ってる。こんなに一途にあんたを想ってる。こんな優しい子を、捨ててやらないでくれ。お願いだよ――






















――――
願いよ届いて欲しい
Kagrra,/誘いの樹海

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