※五万ヒット企画小説










「もし俺が破天荒の恋人になれてなかったら、こんな幸せを味わうことはなかったんだろうね」




情事後のベッドの中。甘く熱く、互いの愛を確かめた時間の余韻に浸っていたはずのヘッポコ丸が、ポツリとそんなことを言った。なんの脈絡もない突拍子な発言だったから、俺は「はぁ?」と呆けた声を出すことしか出来なかった。




「なんだよいきなり。変なもんでも食ったか?」
「食べてねぇよ! お前は俺が拾い食いでもするような奴に見えんのか!?」
「いや見えねぇけど。ほらあれだ、いきなり変なこと言うからビックリしただけだよ」
「俺そんな変なこと言った?」
「変って言うかなんつーか…普段はそんなこと全く言わねぇじゃねぇか」




普段のヘッポコ丸はとにかく素直じゃない。自分から俺への気持ちを素直に告げることもしないし、周りからお互いの関係に感化され茶化されるのも恥ずかしいのかなんなのか、とても嫌がる。二人で居る時は…確かに甘えてくることもあるが、それだって極稀なこと。恋愛に初々しいのは可愛いと思うけど、素直じゃないのは可愛くないと思うこともある。まぁ…そんなところも含めて、俺はヘッポコ丸を愛してるけどな。


指摘され、普段の素直じゃない自分を自覚しているのか、ヘッポコ丸は気まずそうに顔を背けた。




「普段から俺がこんなこと言ったって気持ち悪いだろ」
「はぁ? 俺は言ってくれた方が嬉しいけど?」
「だって…俺、女の子じゃないし…」
「ベッドの中じゃ立派な女の子だろうが」
「うっ煩い! ニヤニヤするなよ!」




さっきまでの情事を思い出したのか、俺を睨み付けてくる顔はやけに赤い。羞恥心からくるものか図星からくるものか…なんにしろ、凄みもない顔で睨み付けられても、ただただ可愛いだけで。そういう顔してそういうこと言うから可愛いって言われるってこと、コイツは全然分かってない。




俺はここでフと気付いた。さっきヘッポコ丸は「こんな幸せを味わうことはなかったんだろうね」と言わなかったか? あまりに意外な言葉過ぎて聞き流してしまったけれど…それってつまり、俺と居ることを『幸せ』だって思ってくれてるってことだよな? 実感してくれてるってことだよな?



うわ――どうしよう、すっげぇ嬉しい。普段味わえない僥倖が体を駆け巡って、これが本当は夢なんじゃないかと錯覚してしまいそうになった。




「破天荒?」




感動に浸っているところをヘッポコ丸の声で現実に戻された。危ない危ない、変な世界へトリップするところだった(既にしてただろ、とか野暮なツッコミはするなよ)。




「あー…悪いなんでもねぇ。で? 一体どうしたんだよ。急にそんなこと言って」
「い、いや、別に…ただ、思ったこと言っただけだよ」
「ふーん。俺と一緒に居れることが幸せだってやっと理解してくれたんだ?」
「う、ん…そうなのかな…」




俺の言葉に肯定を返す度に顔の赤みが増していく。その意味を飲み込む程、己の想いを理解する程、それが恥ずかしくて仕方無いのかもしれない。その様が可愛くて面白くて、ニヤケ顔を隠すことをせず、コイツの銀髪を優しく撫でてやった。いつもなら触れただけで飛んでくる罵声も、今回ばかりは飛んでこなかった。そんな余裕すらもないらしい。




「ったく、気付くのおせぇよお前」
「だ、だって…こんなに胸が暖かくなることなんて、今までなかったんだもん」




おいおい、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。




「こんな気持ち初めてだったから…なんか、戸惑っちゃってさ」
「そりゃお前、俺の愛は純度百パーセントだからな」
「それは信じないけど」
「ひでぇ!」
「でも、本物なんだなって、思うよ」
「あ? なんだお前、今まで俺からの愛を疑ってたのか?」
「最初はね。お前が俺を好きになるなんて、有り得ないと思ってたし」
「あー…まぁ無理もねぇか。お前は俺を敵視してたし、ましてやあの時はまだ嬢ちゃんが好きだったしな」
「なっバっバカ! ビュティのことは別にそんな風には…!」
「見てただろ?」
「ぅ………はぃ」




誤魔化しが利かないのは充分承知しているからだろう、ヘッポコ丸は早々に否定の言葉を吐くことを止めた。


コイツの初恋は嬢ちゃんだった。俺がコイツを好きになった時もその想いは真っ直ぐで柔順そのものだった。



コイツは俺を見てはいなかった――そんなこと、百も承知だった。けど関係無いって思った。あの時の俺は、ヘッポコ丸の気持ちを塗り替えてやるって勢いだったから。




「あの頃の破天荒はやけに強引だった気がする」
「仕方無ぇだろ、お前の心から嬢ちゃんを消すのに必死だったんだよ」
「え〜? 全然そんな素振り無かったじゃん」
「見せるわけねぇだろそんなみっともない姿」
「あはは、ちょっと見たかったかも」




昔(と言える程年月が過ぎたわけじゃないが)を思い出しているのだろう、ヘッポコ丸はクスクスと笑いを洩らす。なんだろう、この暴露大会。さっきまでの情熱に溢れた甘い時間は何処に行ったんだ。いや、ヘッポコ丸の素直な気持ちを聞けたのは良いんだけど…俺の当時の葛藤まで晒す事なかったんじゃないか? なんで喋ったんだろう俺…。




「でも、告白してくれたのが破天荒で良かったって、思ってるよ」



ヘッポコ丸がまた恥ずかしそうに枕に顔を埋めながらそう言った。俺は疑問を投げ掛けることも茶化すこともせず、ましてや合いの手も入れず、その先を黙って聞くことにした。




「もしあの時破天荒が俺を好きになってくれなかったら、告白してくれなかったら、俺はビュティに告白する度胸もないままずっと日々を過ごしてたんだと思う。そうなってたらきっと、こんなに暖かい気持ちも――破天荒と分かち合える幸せも、何一つとして味わえなかったと思うんだ。だから、さ…」




一度ヘッポコ丸はそこで言葉を切った。先を続けるのが躊躇われるのか、中途半端に口を開けたまましばらく固まっていた。顔の赤みもまた少しずつ戻ってきている。しかし俺は助け船を出してやらず、繋げられる筈の言葉を発せられるのを待った。



やがて、ヘッポコ丸はおずおずと口を開いた。そして、こう言った。



「――これからも、俺だけを愛してよ」




俺の瞳とヘッポコ丸の瞳が交叉した。ヘッポコ丸は少しはにかみながら、そう言ってきた。さながらプロポーズのような、率直で素直で暖かな言葉。己に相手を縛り付ける――魔法の言葉。



そんなことを告げられて、俺が何もしないわけがない。



布団に隠れた剥き出しの腰を引き寄せ、もう一方の手で頭を引き寄せて、有無を言わせる間も無く口付けた。ヘッポコ丸はさして抵抗もせず――どころか、自分から舌を差し出して、自ら口付けを深めてきた。拙い舌の動きが、俺の支配欲を擽る。




ムチャクチャに、してしまいたくなる。




必死に主導権を握ろうとするかのように絡んでくる舌を甘く噛んだ。それに驚いて動きが止まったそれを絡め取って吸ってやると、ビクビクと腰が震えた。剥き出しのそこから直に伝わるその痙攣に気を良くした俺は、その腰のラインをゆっくりなぞってやった。




下から、上へ。



上から、下へ。




その度にまたビクビク震えて、唇の隙間から零れる吐息はやけに熱く感じた。




「はぁっ…あ、ふぅ…」




腰を撫でられているからか、それとも長い口付けによる酸欠からか、ヘッポコ丸の顔が朱色に染まる。薄く開かれた瞳には涙が滲み、飲み込みきれなかった唾液が顎を伝って、その様がひどく艶かしく破天荒の目に映る。




「俺もお前と同じだ、ヘッポコ丸」




長い長い口付けを止めて、破天荒が言う。




「俺が好きになった相手がお前で、良かったって思ってる」




腰に添えていた手で頬を撫でながら、破天荒は言う。




「もしお前を好きにならなかったら、誰かを愛する喜びも、そのせいで生まれる嫉妬心も、独占欲も、何も知らないままだった。おやびんに抱く想いとは全く違う。今まで感じたことのない明らかな恋慕の感情を知ることが出来た。お前じゃなかったら、こんな気持ち、一生味わえなかった」




破天荒はヘッポコ丸に己の顔を近付けた。鼻の頭がぶつかるほどに。お互いの吐息が混ざり合う程に。




「だから、約束させろ、ヘッポコ丸」




逸らすことを躊躇わせる破天荒の金色の瞳。ヘッポコ丸はそれに魅せられたかのように、その瞳を見つめる。




「――これからも、お前だけを愛させろ」




あまりに破天荒らしい、しかし彼らしからぬ言葉に、ヘッポコ丸はとても言葉では言い表せられない程の幸福感が身を包むのを感じた。今まで感じ続けてきたものよりも遥かに淡く、遥かに温かく、遥かに優しい――言い知れぬ幸せ。



もう、恥ずかしいとは思わなかった。そう思うよりも、思いがけない発言に対する喜びが羞恥を凌駕して、何故か涙が出そうになった。その涙を堪えて、ヘッポコ丸は不敵に笑って、言った。




「じゃあ、これからもちゃんと愛してよ?」
「そっちこそ、ちゃんと俺に愛されろよ?」




お互いがお互いを深く愛していること。それがどれほど大切なことか、重要なことか、二人は分かっている。だからこそ――お互いが居なければ今の自分は居なかったと、そう言えるのである。



お互いの存在価値をお互いで補い、お互いの存在理由をお互いで見出だし、お互いの存在証明をお互いで求める。今の二人が、まさしくそれである。






愛し、愛され、『恋』を知ったのだ。





「愛してるよ、破天荒」
「愛してる、ヘッポコ丸」




どちらからでもなく、また触れる唇。そのまま縺れ合い、また甘い時間を繰り返す二人。




お互いの愛をまた、その身で、肌で、心で、感じ取って。



お互いの恋をまた、その手で、唇で、心で、分け合って。




そうしてまた、お互いの愛の深さ、恋の深さを、知っていく――

















――――
what am I,if be yours
LOREN&MASH/Thanatos if I can't be yours

訳→貴方のものになれないなら、私が存在する意味も無い



→なんかもうお題に添えれてるんだかどうか全く分かりません← 最初お題を提示された時シリアスしか浮かばなくて、自分の頭を呪いました(^^) そして四苦八苦した結果がこれっていう…ちゃんと甘甘になってますか?(汗) こんな駄文で申し訳ありません…!! 秋森様、企画参加ありがとうございました! こんな駄文でよろしければもらってやってください。





2010/5/13 栞葉 朱那

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