※五万ヒット企画小説









アントーニョは変態だ。しかも普通の変態ではなく、『しょたこん』とかいう類いの変態らしい。それがどういったものなのかあまり知らないが、簡単に言えばちっちゃい子――つまり子供が好きってことらしい。しかも女の子じゃなくて、男の子の方なんだとかどうとか言ってた(フランシス情報)。だから、幼い頃の俺やバカ弟なんか、アントーニョのストライクゾーンにピッタリハマっていたらしい。おそらくアントーニョのスキンシップ過多は、この妙な性癖から来てるんじゃねぇかと思う。




「ロヴィー! おっはよーさーん!」




朝の挨拶はそんなアントーニョのバカデカイ声と共に送られる熱烈なハグとキスから始まる。ハグやキスは挨拶だから俺も拒まねぇが、アントーニョの挨拶はいつも度が過ぎるのだ。どさくさに紛れて尻を撫で回すし、腰を撫で回すし、ズボンずり下げようとするし、挙げ句の果てにディープキスをかましてきやがる。


これを[ハグ]とは言わねぇ。セクハラっつーんだ。




「朝っぱらからベタベタと変なとこ触んじゃねぇよアホトーニョー!!」
「オブァ!! ちょっロヴィ痛い! 的確に鼻を砕こうとすんのはやめてーな!」
「ふん、鼻血だけで済んで良かったと思いやがれ」




鼻を押さえた手の平の隙間からボタボタと鮮血を垂れ流しながら抗議するアントーニョを鼻で笑い、尚もグリグリと腹を踏みつけ続ける俺。毎日毎日こいつも懲りない。そうしたら俺がどんな反応するか分かりきってるくせに、毎朝同じことを繰り返しては俺に殴られて踏まれている。いい加減学習しろっつーの。



そう思案する俺を他所に、アントーニョは




「あっロヴィっもうちょい強めに踏んで!」




と懇願してきた。果てしなくキモい!!



とりあえずこれ以上コイツの側に居ると俺まで変態の仲間入りしちまいそうだったから、最後にもう一発顔面に鋭い蹴りをかましてから俺は畑へと足を向けた。後ろから「冗談やんかー」というアントーニョのふてくされた声が聞こえたが、聞かなかった事にして足を進める。変態(と書いてバカと読む)を相手にしてる時間が勿体ねぇからな。






靴を履いて畑に出て、俺は迷うことなくある一角に向かっていく。



俺とアントーニョのトマト畑。その一角に、少し小さめに杭で囲われた、他のトマト達とは隔離されている所がある。俺の目的地はそこ。




ここにはプチトマトが植えられている。アントーニョに「ロヴィ、一人でこいつ育ててみぃひんか?」と言われ、それから一人でこのトマトを育て始めた。アントーニョの手を借りず、俺一人だけの力で。


今まで、畑のトマトは俺とアントーニョ(ほとんどはアントーニョだが)が育てていたから、俺一人だけでトマトを育てたことはなかった。だけどずっとずっと育ててきたものだから、何をすべきなのかは頭に叩き込んでいるつもりだ。その知識を生かして、俺は一人でこのプチトマトを育ててる。




根がグータラな俺にとっては非常に珍しく、プチトマト育成は今日まで欠かさず行ってきた。掃除するのが嫌でも、料理当番を忘れても、こいつの世話だけは絶対に忘れなかった。自分でもどうかしてんじゃねぇかってぐらいの変わり身に、一人自嘲した。




汲んできた水を如雨露で均等に撒く。少しずつ膨らんできた実に雫が伝い、それが日光に当たってキラキラと輝く。初めて自分一人で育てたことによって愛着が沸いたトマトは、贔屓目が入ってるからかもしれないが、とても美味そうだ。まだ赤く熟していないけれど、その硬い緑の実でさえ食せそうだ。




「早く大きくなりやがれこのやろー」




悪態を吐きながら水を撒き、土を調え、葉にくっついていた害虫を一匹残らず駆除していく。知らぬうちに鼻歌まで紡いでいる自分に気付き、こうしているのが本当に楽しいのだと改めて自覚する。



今なら…こうして一人で育てる機会を与えてくれたアントーニョに感謝してやってもいいかもしれないと思えた。




「お。順調に育っとるやん」
「ちぎ! ア、アントーニョっ」




そうして作業を行っていると、知らない間にアントーニョが傍らにしゃがみこんでいた(どうやら鼻血は止まったらしい)。その気配に全く気付かなかった俺はビックリして思わず飛び退いてしまった。




「実ぃ膨らんできたなぁ。この調子やったら赤くなるんもすぐやなぁ」
「お、おぉ…」
「正直、親分は心配やってんでー。ロヴィはすぐに育てるん辞めると思っとったからな」




そんな訳ねぇだろ――とは言えなかった。普段の自分がどんな振る舞いであったのか痛いほど理解してたからだ。




「けど、心配する必要無かったな。こうして俺の力も借りんとちゃんと育てとるし。やれば出来る子やん、ロヴィ」




良い子やなーと言いながら頭を撫でられた。長年の農作業と戦争によって傷とマメにまみれた、しかし大きく太陽のように暖かい手の平。幼い頃から何度となく、こうして頭を撫でられてきた。…いや、最近はこうしたちょっとした触れ合いよりも明らかにハードルの高いスキンシップ(という名のセクハラ)を受けていたから、こうして頭を撫でられるのはそういえば久しぶりだった。


頭を撫でられるのは子供扱いされてるみたいで好きじゃねぇ。…けど、こうしてアントーニョが嬉しそうに笑っているのなら、なんだか無下に扱うことが出来なかった。




「トマト出来たらパーティしよなー」
「プチトマトはパーティ用じゃかねぇだろ」




つーか、別にパーティ開く程のもんでもない気がする。




「やって、ロヴィが一人で作ったプチトマトやで? みんなに見せびらかしてやりたいやんか」
「大人数に振る舞う程の量はねぇよこのやろー!」
「振る舞わへんよ? 見せるだけやで」
「それただの嫌がらせだろ! 呼ばれた奴等もぶちギレるだろ!」
「やって、ロヴィが作ったプチトマトで?」




もう一度同じ言葉を繰り返し、グッと顔を近付けてきて、アントーニョは言う。




「他の奴等にやるなんて勿体無いこと、するはずないやろ?」




ニーッと笑って、挨拶の時にしかしないような軽い口付けを俺の唇にかまして、アントーニョはさっさと立ち上がって「飯出来てるからはよおいでなー」と言ってスタスタ行っちまいやがった。突然のことに一切の身動きが取れずに硬直している俺を放置して…だ。




別に、初めてキスされた初な少女を気取るつもりはない。キスされたのは初めてじゃねぇし、まして俺は少女でもない。…けど、なんでか知らねぇけど、顔がやけに熱く感じた。きっと今の俺は、トマトに引けを取らないぐらい赤くなっているに違いねぇ




「…反則だ、あんなの」




唇を手で覆って呟く。チラリと視線を向けたプチトマト達、そいつらは静かな傍観者を演じて何も言わずぶら下がっているだけだった。まだ硬い緑の実は、俺の顔の赤みを見て何を思っているのだろう。自分達が近い将来こんな赤さを身に纏う事を、そういえばトマトは自覚しているのだろうか。




「…こんな恥じにまみれた赤になんかなるんじゃねぇぞこのやろー」




答えが返ってくるはずのないトマトに言い放って、俺は転がっていた如雨露を拾って畑を抜ける道を走っていった。わざわざ走って戻るのは、腹が減ったから。ただ、それだけだ。





そう自分に、言い聞かせた。
















――――
触れるだけのkiss
Acid Black Cherry/チェリーチェリー



→ギャグもイチャも無くてごめんねはっしー! 僕にはこれが限界だったよ! トマトのくだりは頑張ったんだからそこだけ褒めてね(´∀`)← 親分子分は好きだが、まだまだキャラが掴めてないみたい。また挑戦するよ! 企画参加どうもありがとうございました!!




2010/6/18 栞葉 朱那

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