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□とりあえず触って
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「定年おめでとうございます先生。」
教室の窓から射す夕日を背に微笑み色鮮やかな花束を渡すのはうちの制服を着た教え子であり私の恋人でもある。
ここで勘違いしないで欲しいのは『女子生徒』ではなく『男子生徒』であるという事だ。
「ありがとう佐河君…」
「違うだろせんせ。好輔、だろ?」
せっかく二人きりなんだけど?と言って頭を掻き照れ臭そうに顔を背ける仕草はその辺の高校生と何ら変わりもなく年相応に見える。
思わず笑ってしまえば好輔君は不思議そうな顔をした後、笑わないでくれとでも言うように眉間に皺を寄せて私を見遣った。
「気を悪くしたのならすまない、別に君が可笑しくて笑ったわけでは…。」
「わかってるよ。せんせ、俺の事可愛いって思ってたんだろ?」
「何を根拠に…」
「ん?んー…バスケで鍛えた勘のおかげかな。」
目を細めて笑う彼の笑顔は部活生特有の爽やかさと穏やかさが合わさりなんとも言えない艶かしさがあり、刹那彼をその場で抱きしめたい衝動に駆られた。
しかしここが神聖な学び舎であることを思い出し、彼に伸ばしかけた手を引っ込めようとした。が、その手は元の位置に戻ることはなく好輔君に素早く捕まえられた。
私が驚くよりも早く彼は私の手の甲に唇を当てた。
艶やかな紅色の唇が皺が増えた私の骨張った甲の上を滑る光景はなんとも不自然であり、それが余計に私の情欲を煽った。
「…やめなさい。ここでは駄目だ。」
なんとか自分を律し彼を窘めるが彼はちろりと私に視線をやったかと思えば直ぐさま漆黒の瞳を伏せ握る手の力を強めた。
どうやら止める気はないらしい事はわかったが、そうはいかない。
退職したとは言え元は教師だ。
…まぁ教師が生徒(しかも男子)と付き合っている時点で私には何も言う権利などないのだが。
「好輔君、いい加減にやめ…」
なさい、と続くはずであった言葉は好輔君の唇によって塞がれた。
柔らかなそれは先程まで私の手の甲にあったもので、いつの間にここまで間合いを詰められていたんだと考えるのもそこそこに私の腕はすでに彼の腰に回っていた。
全く正直にできた体である。