企画

□優しい人
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「足が重たい,休もう曽良くん」


「なに言ってるんですか,弱じじぃ」


芭蕉,曽良は,斜面のキツい山道を歩いていた。

2人の体は汗が滲んでいた。
本当は曽良も疲れていた。
しかし,曽良は早めに山道を登りきりたかったのだ。

「ねぇ,曽良くん,見て」


芭蕉が息を上げながら指を差す。
曽良はその先に視線をやる。

道の端に,一体の地蔵があるのが見えた。

「このお地蔵さん,悲しそうに見える」


「そうですか??」


「1人ぽつんとこんなとこにいて,可哀想」


芭蕉は穏やかに笑う地蔵を見つめていた。

曽良は地蔵を見つめる芭蕉がいつもより少しおかしいように見えた。

「芭蕉さん,休憩は終わりにしてください」


「分かった。けど,ちょっと待って」


芭蕉はそう言って,かばんの中にあった,ニッキ飴を三つ,地蔵のもとに置いた。

「こんなものしかなくてごめんなさい。お元気で」

目を閉じて手を合わせたあと,曽良に「待たせてごめん」と言って,再び歩き出した。

くつが地面に擦れる音が静けさの中響いて,耳に入る。

左を見れば,薄い水色の空と,小さくなった町が見えた。

足を止めて,茶を片手にしながらこの景色を眺めていたいという思いが曽良の頭を霞めて,そのたびに曽良は「そんなのでは駄目だ」と振り払う。

汗に濡れた首筋を風が撫でて,ひんやりとさせた。


「曽良…くん」

芭蕉がかすれた声で曽良を呼ぶ。


「何ですか??」


「肩が重たいんだ。それと,なぜか急に悲しくなって,涙が出てくる…」

疲れのせいで芭蕉が情緒不安になったのだと曽良は思った。

曽良は振り向いて芭蕉の顔を見た。


芭蕉の目から,涙の粒が溢れていた。
頬はそれでしっとりと濡れていた。
そしてその瞳は陰っていた。
光を遮断して,何も写させないような芭蕉の瞳に,曽良は確かに異変を感じとった。

「芭蕉さん,それでも歩いてください。とりあえず,民家が見つかるまで」


曽良は芭蕉の手を引いた。
なにかあってはいけないと,芭蕉の手首を掴んで歩いた。


曽良は建物が見えてこないかと目を凝らし,足をさらに早めた。

芭蕉がこのまま倒れて意識を失ってしまうのではないかと恐れた。
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