企画

□優しい人
2ページ/3ページ


(…あった)


建物が曽良の視界に入った。
それは小さな寺だった。

曽良はそこで休ませてもらおうと,寺の敷地に足を踏み入れる。

1人の僧侶が庭をほうきで掃いていた。

「おや,いらっしゃい。…旅人さんかな」

僧侶はほうきを掃く手を止め,穏やかに2人に笑いかける。


「すいません,少しここで休ませてもらえませんか??僕の隣にいる男は松尾芭蕉なんですが,なにかもうろうとしているんです」


「ほぉ,あの芭蕉さんですか。…うん,どうやら背負い込んできちゃったみたいですね。中に入って座敷に座っていてください」


曽良は僧侶が言った『背負い込む』の意味に首を傾げながら,芭蕉を引っ張って中へ入った。


柔らかな畳と線香の匂いが,心をほっと落ち着かせた。
今までの旅の疲れが一気に吹き飛んだように感じた。


「あなたはそこでお茶を飲んでそのまま休んでいてください」

僧侶がようかんと,緑茶の入った湯飲みを曽良の前に置き言った。


「あの,芭蕉さんに何が起こったのかお分かりなんですか??」

「芭蕉さんは,もうこの世の者ではない『人』を体に取り込んできてしまったみたいですね」


「要するに…幽霊かなんかに憑かれてしまったということですか」


曽良は驚きながら僧侶に聞き返す。


「そういうことです」

僧侶はにこりと笑いかけた。


僧侶は芭蕉を,仏堂の前まで連れていき,座布団の上に座らせた。

その後,数珠をじゃらじゃらと鳴らして念仏を唱え始めた。


僧侶が唱える念仏が優しくて,曽良の耳にもすっと入った。

まぶたが重たくなり,曽良の体がこくんと傾いて止まった。


「お兄さん,起きてください」


僧侶に軽く体を揺さぶられて,曽良は目が覚めた。


「芭蕉さんに憑いていたものを祓い終わりましたよ」


「ああ…芭蕉さん元に戻りましたか」


「ええ。まだ寝ていますけど,目が覚めれば,しだいに元気になるでしょう。あなたもだいぶ疲れていたみたいですね。もっとゆっくりしていってください」

「芭蕉さんにどんなのが憑いていたんですか??」


「小さな男の子です。成仏したくて,芭蕉さんに憑いたんでしょう。あなたたちがこの寺に来たのは,男の子が導いたんですよ」
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ