企画
□優しい人
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(…あった)
建物が曽良の視界に入った。
それは小さな寺だった。
曽良はそこで休ませてもらおうと,寺の敷地に足を踏み入れる。
1人の僧侶が庭をほうきで掃いていた。
「おや,いらっしゃい。…旅人さんかな」
僧侶はほうきを掃く手を止め,穏やかに2人に笑いかける。
「すいません,少しここで休ませてもらえませんか??僕の隣にいる男は松尾芭蕉なんですが,なにかもうろうとしているんです」
「ほぉ,あの芭蕉さんですか。…うん,どうやら背負い込んできちゃったみたいですね。中に入って座敷に座っていてください」
曽良は僧侶が言った『背負い込む』の意味に首を傾げながら,芭蕉を引っ張って中へ入った。
柔らかな畳と線香の匂いが,心をほっと落ち着かせた。
今までの旅の疲れが一気に吹き飛んだように感じた。
「あなたはそこでお茶を飲んでそのまま休んでいてください」
僧侶がようかんと,緑茶の入った湯飲みを曽良の前に置き言った。
「あの,芭蕉さんに何が起こったのかお分かりなんですか??」
「芭蕉さんは,もうこの世の者ではない『人』を体に取り込んできてしまったみたいですね」
「要するに…幽霊かなんかに憑かれてしまったということですか」
曽良は驚きながら僧侶に聞き返す。
「そういうことです」
僧侶はにこりと笑いかけた。
僧侶は芭蕉を,仏堂の前まで連れていき,座布団の上に座らせた。
その後,数珠をじゃらじゃらと鳴らして念仏を唱え始めた。
僧侶が唱える念仏が優しくて,曽良の耳にもすっと入った。
まぶたが重たくなり,曽良の体がこくんと傾いて止まった。
「お兄さん,起きてください」
僧侶に軽く体を揺さぶられて,曽良は目が覚めた。
「芭蕉さんに憑いていたものを祓い終わりましたよ」
「ああ…芭蕉さん元に戻りましたか」
「ええ。まだ寝ていますけど,目が覚めれば,しだいに元気になるでしょう。あなたもだいぶ疲れていたみたいですね。もっとゆっくりしていってください」
「芭蕉さんにどんなのが憑いていたんですか??」
「小さな男の子です。成仏したくて,芭蕉さんに憑いたんでしょう。あなたたちがこの寺に来たのは,男の子が導いたんですよ」