立海夢

□冷たい手
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「仁王、手貸して」

隣に座ってるたまこが肩をすぼめながら、手を出してきた。その手に俺の手が重なるように出す。
何をするのか見当もつかず、顔をしかめながらたまこの様子を見る。

「うわ、仁王の手、あったかーい」

感心の声を漏らし、俺の手を両手でさすってきた。

「お前の手は冷たいの」

「なんかいつも冷たいんだよ」

「手が冷たい奴は心が温かいと言うぜよ」

「じゃあ、仁王は心が冷たいの?」

「…さぁな」


たまこのそばにいるときだけ、温かいのかもしれない。
あいつの名前がたまこの口から出なきゃ、の場合だが。


あいつってのは、たまこの彼氏だ。
いかにも優男って感じで、情けなさそうな奴。
正直言ってたまこの彼氏っていうのがムカつく。
なんであんな奴…。


「本田くんも手が冷たいんだよー」

ほら出た。
本田くん。
いつもこうだ。
俺が出ないでほしいと思ってるときに限って、出てくる。
本田。本田。本田。本田。本田。本田。
なんで俺じゃなくて、本田なんだ?





















翌日の昼休み。
本田と飯を食いに行ったはずのたまこが、肩を落として帰ってきた。
どうしたのか聞くと、

「本田くんが…」


本田に会えなかったのか?


「本田くん、最近忙しいから会えなくなるって…」

「委員会とかでか?」

「うん……どうしよ、このまま会えないとかなったら…」

「……」

「でも、落ち着いたら会えるよね」





会えなくなってしまえ。





俺は一瞬、心の中でそうつぶやいた。


























その願いが叶ったのか、ある日の休日。
昼にたまこから電話がかかってきた。



「…はい」

「…………」

「たまこ?」

「…仁王」

「…どうした?」



暗い声。
いつも明るいたまこからは予想できない。
なにかあったのか?



「…わたしっ、どうしよう…」


声が震えてきて、泣いているのがわかる。


「何かあったのか?」


「本田くんが、わ、別れようって…」


「…そうか」

「わたし、別れるの嫌だから…っ、別れたくないって言ったけど……」



"だけど、別れちゃったよ…"


たまこのその言葉を聞き、どこか安心し、勝ち誇った感じがした。

そしてすぐに着替えて家を出た。





『今どこにいる?』

『公園…映画館の近くの…』

『今行くから、そこで待ってろ』


そう言って電話を切った。

























公園につくと、たまこが俯きベンチに座っていた。
目の前まで行くと、ゆっくりと顔を上げ、小さく俺の名前を呼んだ。
たまこの目は赤く腫れていて、服の裾は涙を拭いたのか濡れている。



「たまこ…」

名前を呼び、たまこの頬に手を添える。

「仁王っ、わたし、どうしよう…」

「別れたものは仕方ない、忘れろ」

「そんな…忘れることなんて…」


再び俯き、下唇を噛む。
悔しいのか、涙を堪えているのか。
それとも、どちらともなのか。
たまこの気持ちなんてよくわからない。
ただ悲しんでいることしか、伝わってこない。
だから、慰めてやることしかできない。

頬に添えていた手を離し、変わりにたまこを強く抱きしめた。
泣いたからだ。
たまこの泣き顔なんて見たくない。
ましてや、他の奴のせいで流す涙なんて、見るだけで腹が立つ。


「に…おう?」

「……俺にすればいいのに」

「…え、?」

「俺はたまこを大事にするし…誰よりも、好いとる」

「………そ、んなっ」

目を見開き驚いてる様子のたまこ。
無理もない、初めて言ったし、たまことはずっと友達のように接してきた。


「だから、俺にしろって…」


たまこの涙で潤んだ目を見つめる。
たまこもしっかりと俺を見ていてくれた。



「仁王…」

「雅治って呼んで」

「え、でもまだそんな…っ」



口答えなんかするから、黙って言うこと聞いてくれれば良いんだ。
たまこの口をキスで塞いだ。
少ししょっぱい。
全部俺が舐めてやる。
涙なんか、全部舐めて舐めて、悲しませたりなんかしない。



「ちょ…にお、やめ…」

小さく抵抗するたまこの顔を押さえながら、頬を伝う涙を舐めていく。


「…くすぐったい…よ」


口を離すと顔を真っ赤にさせ、濡れた頬を拭いてる。
ごめん、と一言謝り、俺も拭いてあげる。


「でも、ありがと」


小さく笑うたまこ。
ありがとう、よりも、好き、って今は言ってほしかった。
だけど、笑ってくれたから、そこは許す。

























翌日からたまこはなんだか、元気がなくなった。
やっぱり、別れたのが原因なんだろうな。
昼休み、飯は友達と食べるのかと思ったら、俺のところに来た。


「仁王、一緒に食べよ」

前の席の椅子を借りて座ると弁当を机に置いてきた。

「…いいのか?俺と一緒にいたら何か噂が立てられたりするぜよ?」

「大丈夫、大丈夫…もう終わったんだし、それに仁王とはほとんど一緒にいるじゃん」

「まぁ、そうじゃけど…」



「それに、仁王だから一緒にいれるんだよ」

「…え?」

「なんか、こんなのズルイかもしれないけど…ま、雅治といるとなんだか落ち着くんだ」



ふふ、と照れた顔で笑う。
その言葉と顔に愛おしく思った。


「…俺も」

「一緒だね」

「のぅ、本気で俺と付き合わないか?」


意を決して再び問い掛けた。
たまこは一瞬止まり、少し考えてこう言った。






「いいよ」







なにか諦めたような、そんな感じだった。
もしかしてまだ本田のことを思っているのかもしれない。
だとしても、べつに構わない。
あいつのことなんか思い出させないほど、考えれなくなるほど、俺でいっぱいにしてやる。






その日からたまこは俺の傍にいた。
まぁ、恋人になったから当たり前なんだろうけど。
だんだんと元気になってくれてるし、笑顔も増えてきた。



「ねぇねぇ、雅治、今週の日曜日って予定ある?」

「ない」

「私ね、ずっと前から見たかった映画があるんだけどね…」





『付き合ってもらっても良い?』





たまこに誘われ映画館の前に来たが、開演時間を見るとまだまだ時間があった。



「あっ、いた」



聞き慣れた声が横から聞こえ振り向くとたまこが走ってやってきた。
待たせたね、ごめん。と笑う。



「それより、開演時間は3時30分からぜよ?まだまだ時間があるじゃき、どこかで時間をつぶさないか?」


そうだね、とケータイの時計を確認するたまこの手をとり、近くの商店街へと歩いた。
休日なだけあり、人も多く賑やかだった。
はぐれないようにしっかりたまこの手を握り、相手に合わせた。


「雅治の手って、ほんとに温かいね」

「たまこも冷たいの」

「雅治が羨ましいよ」

「ふん、俺が温めてやるぜよ」


だから、離れないで。
この手から。俺から。




















しばらく商店街をぶらぶらしていたら、急にたまこが立ち止まった。少し遅れて俺も立ち止まる。
どうしたのか、とたまこを見てみるとたまこの目は一線を見つめていた。
その先には、本田がいた。


たまこは反射でなのか繋いでいた手を離した。
なんで?と問い掛けるようにたまこを見たら、見たこともない表情をしていた。




「…たまこちゃん」


本田が驚いたような顔で俺らを見ている。

「ほ、本田くん…」

「久しぶりだね、今の彼氏とはうまくやってる?」



俺の方をちらりと見ていつもの笑顔をする。
たぶん、作り笑いだろう。
自分から別れるって言ったくせに、まだ心残りがあるのかよ。しつこい奴だな。



「うん…まぁね…」


「たまこ、そろそろ時間ぜよ」

「え、あ、ちょっと待って」


俺の言葉を手で制止、もう少し本田くんと話したい、と言った。
一緒にいるのは俺なのに、なんであいつのところに行くんだ。
お前の彼氏は、俺だろ?











しばらくして本田の元からたまこが帰ってきた。


「映画、そろそろ始まるぜよ」

「…………」

「たまこ?」

「…っ、え、あ、何?」

「いや、なんでもない。行くぜよ」
「あ、うん…」















本田に会ってから、たまこは急に変わった。
公園のベンチに座って、先程からちらちらと俺の様子を伺っている。映画を見ている間も、見終わった後も、たまこはどこか落ち着きがなかった。




「……雅治、あのね、話があるんだけど」



嫌な予感。



「私…やっぱり、本田くんがいい!」



的中。



「…雅治には悪いけど、私、本田くんのこと諦めきれないよ…っ」

俺には悪いけど?
諦めきれない?


「俺と付き合ってる間も…あいつのこと、思ってたのか?」


「……ん、…」


肯定とも否定とも取れるような返事をし、俯いた。
ずるい。本当にずるい。


「…そうか、じゃあ、別れるか」


仕方ない。
言葉ではそう言っても、なかなか受け入れられない。


「…うん」


嫌だ、離したくない。


「また、友達、だな」


戻りたくない、恋人のままでいたい。


「それじゃあ、ね…」



たまこが離れていった。



































「仁王、おはよ!」


あれから何ヶ月かが過ぎ、今は冬。窓は結露していて外の景色がよく見えないほど、寒い。
いつの間にか、たまこは俺のことを仁王、と呼ぶようになった。代わりに、本田を名前で呼ぶようになった。
たまこは鼻の頭や頬を赤くしてマフラーを解きながら椅子に座った。


「あー、仁王の手、あったかーい」

「お前の手は冷たいの」

「なんかいつも冷たいんだよ」

「手が冷たい奴は心が温かいと言うぜよ」

「じゃあ、仁王は心が冷たいの?」

「…さぁな」





あれから何ヶ月かが過ぎ、今は冬。
季節は秋から冬へと変わったが、俺の想いは今も変わらない。


たとえ、俺じゃなくても。
今でも君を…







end.



(゚∀゚)ノ

切ないものを書くのは苦手です。
感情がごちゃごちゃしてわからなくなるから。

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