立海夢

□雨と傘と君
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「あ、ここ。俺の家」

住宅街に近づき、細い道路を入っていくと彼の足が止まった。それに合わせて私も立ち止まると自宅だという目の前にある一軒家を見上げた。好きな人の家だと意識するとドキドキする。

「それじゃあ私ここで待ってるね」

「何言ってんだよ。少しは上がってけよ。ほらっ」

「えっえっ…わっ」

傘だけ借りようと思っていたけど、またもや強引に腕を引かれて玄関まで入って来てしまった。私の家ではない独特の匂いに、彼の家なんだと再認識させられ、余計に緊張した。
彼が大きな声でただいまと言うと奥の方から母親らしき人の声が聞こえた。パタパタというスリッパの音が近づいて来るとともにその声の主の姿が見えた。

「あら、女の子連れてくるなんて初めてじゃない…?」

「初めまして、切原くんと同じクラスの田中です」

彼の母が珍しそうに私を見たので、軽く会釈した。

「こちらこそ、赤也がお世話になってます〜…ってすごく濡れてるじゃない!早く上がりなさい、今何か温かいもの出すから」

「え!あ、あの、私っ…」

「何か予定があるのか?」

まだ渋っている私に彼は靴を脱ぎながらそう聞いてきた。

「特にないけれど…」

「じゃあ上がってけよ、タオル貸すしさ」

「…それじゃあお言葉に甘えて…。お邪魔します」

彼らの優しさにほっとして微笑むと、一礼してから家へと上がった。

するとラフな格好に身を包み、濡れた長い髪をタオルで拭きながら女の人が現れた。

「あれ〜〜?見かけない子だ」

「姉ちゃん…」

彼のお姉さんのようで、彼はその姿になんだか嫌そうな顔をしていた。

「初めまして、田中です」

「初めまして〜!赤也の姉です!……てか赤也やっと彼女できたんだ〜?前話した時は気があるかどうかわかんない〜なんて弱音吐いてた「わああああ!!!ねーちゃんやめろって!ていうか彼女じゃねえよ!クラスメイト!」

お姉さんは何やらニヤニヤしながら言っていると、慌てたように彼は言葉を遮った。その様子にお姉さんはごめんごめんと言って私の方へ視線をやると突然目を見開いた。

「ってか!あんたすごい濡れてるじゃん!シャワー入りな!私の服貸してあげるからさ!!」

「え!?え、えっ!?」

強引にお姉さんにそのまま背中を押されて脱衣所まで連れてこられた。

「ちょっと姉ちゃん!強引だって!」

「あんたは黙ってその濡れた制服乾かして部屋片付けなさい!」

お姉さんに怒られると彼は子犬のようにしょぼくれて脱衣所から出て行ってしまった。姉弟らしい会話に思わず笑みがこぼれた。

「あ、あの…いいんですか?こんなシャワーまで借りてしまって…」

「君がいいならいいんじゃん?赤也もきっと頑張って声かけたんだと思うし…。でも一応、親御さんには連絡しておかないとね」

「あ、はいっ」

携帯を取り出し親へ連絡していると、お姉さんがバスタオルなどを準備してくれていた。

「脱いだ服はそこのカゴに入れておいて。すぐに私の服用意しておくから」

「ありがとうございます」

携帯を仕舞いお礼を言うと、にこっとお姉さんが笑って一旦脱衣所から出て行った。
ドアを閉められてから私も濡れて張り付いた制服を脱いでいった。












―――――――

「赤也〜〜〜〜あんたの好きな子ってあの子でしょ?」

何の前触れもなく突然俺の部屋に入ってきた姉の言葉に驚いて肩を上げた。

「姉ちゃん!部屋入るならノックしろっていつも言ってるじゃん!」

「まあまあ。ていうかまだ告白してなかったんだね。家に誘う勇気はあるくせに〜」

「うるさい!だって…教室でもあんまり話さないし…。特に俺に気があるような感じもしないし…」

いつも遠くから見てるだけだった。今日だって偶然居合わせただけだし、家に誘ったのだってダメ元だった。

「…クラスメイトだからってほいほい家まで来ると思う?それにシャワーまで借りてさ。私なら傘借りたらすぐ帰るけどね〜」

「それは姉ちゃんだからだろ!田中は…断れないやつなんだよ…。あれでも結構渋ってたし…」

かなり断ってた方だと思う。確かに、ただのクラスメイトの男女が急に相手の家に行くってなかなか無いだろう。

「ま!あんたにしては頑張った方じゃん〜〜?このチャンスを逃すなよ、少年〜〜〜」

俺の頭をぐりぐりと雑に撫でてくる姉に恥ずかしくなって、その手を払い除けた。

「うっせー!さっさと自分の部屋戻れよ!」

「はいはい〜邪魔しないのでごゆっくり〜〜〜お母さんにも言っといたから〜」

「余計なお世話だ!」

ニヤニヤした顔で姉は部屋を出て行った。

ったく…。
確かに強引とは言え、家に上がってシャワーまで借りるなんて友達くらいしかしないよな〜悪いことしたかな…。でもあそこで帰らせるのも、なんだか嫌だし…。
てか何げに相合傘とかしちゃったなーすげえ緊張した…。ほぼ会話なかったし、つまんない奴とか思われてないかな。
ていうかあいつが俺の家に来ちゃってるんだよな?これから俺の部屋に来るんだよな…俺の…部屋に……。

色々と想像してしまって、一気に顔が熱くなった。

「だぁーーーー!!」

雑念を払うように頭をかきむしり、物が乱雑する机の上をどうにかしようと掃除をし始めた。

田中が俺のことどう思ってるのか、すごく気になる。
あいつに関する噂話だっていくつか聞いたことがある。クラスの中じゃ大人しい方だけど、友達もいい奴らが多そうだし、笑うと可愛いから密かに好きな奴だっているだろう。でも恋人がいるとか、そういう噂は聞いたことないし、誰が好きとかも聞いたことない…。
だからといって自分に脈があるとは思わないが、少しの期待はしてもいいのではないかと思う。マイナスイメージは持ってなさそうだし、好きとまではいかないだろうけど、少しは良いと思っているのではないか…などと良い方へと考えていた。

まあ…俺のこと好きだったりしたら、それが一番いいんだけど…。

そんなことを考え、そんなに上手くいかないかと思ってため息をついた。少し綺麗になった部屋に、このくらいでいいかと妥協してベッドによりかかって田中が来るのを待っていた。





「切原くん?」

「うぇっ!?田中!?」

コンコン、とドアのノック音の後に、可愛い声が聞こえてきて思わずドキっとした。自分の部屋のドア越しに好きな人の声が聞こえるのとすごく緊張すると同時に、嬉しくて気持ちが高ぶった。

「は、入ってもいいよ…」











―――――――

シャワーから上がってお姉さんが用意してくれたワンピースを着た。脱衣所から出るとお母さんと会った。

「今、制服洗濯してるからね。終わったら声かけるから、それまで赤也の部屋に行っててちょうだい」

「本当に何から何まで…ありがとうございます」

彼の家族は皆優しくて雨で冷えた心までもほっとした。

「いいのいいの、これ丁度部屋に持っていくところだったの。ついでに持って行ってくれる?」

トレーにホットミルクが二つと個包装のお菓子がいくつか乗っていた。それを受け取ると彼の部屋の場所を説明されたので、もう一度お礼してからそこまで向かった。

彼の部屋の前に立って呼吸を整える。男の子の部屋って入ったことがないから緊張する。

切原くんの部屋ってゲームがたくさんありそうだな…。

「切原くん?」

ノックをして声をかけると、部屋の中から少し驚いたような彼の声が聞こえた。''彼の部屋''というのをさらに意識させた。
入ってもいいという声にドアノブに手をかけて部屋に入った。

彼の部屋には案の定色んなゲームが置いてあって、その他にも部活の道具や漫画本などが床に置かれていた。
彼はベッドに寄りかかり、持っていた携帯を机に置いた。ドアを閉めて持っていたトレーを見せながら少し進む。

「お母さんからホットミルクいただいたの。制服まで乾かしてもらって…本当にありがとう」

「えっあ…おう。と、とりあえず座れよ」

トン、と彼は自分の隣に座るように床を軽く叩いた。

「ゴメン…ここしか座るとこなくて…」

「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」

彼の隣に座りトレーを机に置くと、マグカップをお互いの前に置き直した。離れているようで近い距離。肩が触れそうなくらいのもどかしい距離に、思わず身がこわばる。

「切原くんってお姉さんと仲いいんだね」

「ん…そうかな…」

さっきと変わって口数が少なくなった彼を不思議に思いながら、私から口を開いた。
お母さんが入れてくれたホットミルクを一口飲んで体の中から温まって落ちつく。私の行動に感化されて彼もホットミルクを飲んだ。私服に着替えた彼は学校と見るときも違う人に見えて、だけどラフなその格好に少し身近に感じた。

「あっつ…」

ホットミルクをこぼしたのか彼の口元から胸元の服までこぼれていた。私は慌てて持っていたタオルで服にこぼれたミルクを拭った。

「大丈夫?熱くない?」

「そ、そんないいのに!」

「でもすぐに拭かないと変にシミになっちゃうし」

「はい、拭き取れた…よ…」

拭き取って顔を上げたらさっきよりも彼の顔が近いことに気づいて急に恥ずかしくなって、慌てて距離を取った。

「ご、ごめん!!近かったよね…」

「…大丈夫、ありがとう」

ううん、と言って恥ずかしさを紛らわすようにホットミルクを飲んだ。




「…田中ってさ…俺のことどう思ってる?」

「え?切原くんのこと…?急にどうしたの?」

彼の質問にドキ、とした。

「いや…急にってか、前から気にはなってたんだけど…ちょっと聞いてみたくて」

「切原くんは…すごく優しくて明るい人だと思ってるよ」

好き、だなんて言えないよね…。

「俺は…」

口を開いた彼が私の方に向き直って、じっと見つめてきた。それに私も彼の方へと視線を移した。彼の真剣な眼差し、鼓動が早くなった。

「俺は…田中のこと、すごく可愛いと思ってる」

「えっ……」

彼から可愛いと言われるなんて思ってなくて驚いた。思わずギュっとワンピースを握った。

「えと、あの、あ、ありがと…」

急にどうしてそんなことを言い出すのか、考えるにはあまりにも頭が混乱している。
恥ずかしさからさっきよりも一層彼のことが見られなくなってしまった。ずっと下を向いていると彼が続けた。

「信じてもらえないかもしれないけど、この学年になってから田中のこと、…好きになったんだ」

「!」

切原くんが私を…好き?今、好きって言ったの?

今の言葉の真意を確かめるように顔を上げて彼を見つめた。

「…俺!田中のことが好きなんだ!」

私と目と合った彼は真っ直ぐな眼差しで、はっきりと言った。今度こそしっかりと受け止めたそれは、本当に信じられないくらい嬉しい言葉で、しばらく彼を見つめるだけで、声が出なかった。

「田中…?」

彼に名前を呼ばれて、早く返事を言わなきゃと思って声を絞り出した。

「…わ、私もなの!私も…切原くんのこと、好き、です…」

さっき言えなかった自分の気持ちをやっと言えた。だけど、さすがに目を見て言えなかったので少し俯いてしまった。

「…へ?本当?それ…本当!?」

彼が間の抜けたような声を出しながら、真実を探るかのように、私と目を合わせようと顔をずいずいと近づけてくる。恥ずかしくて目を合わせないように視線を泳がす。だけども負けじと追ってくる彼の視線から逃げることができず、捉えられてしまった。私の揺れる視線と彼の真っ直ぐな視線が交わる。

「……本当、です」

そう頷くと彼はほっとしたかのような表情をして、ギュウっと私の手を両手で包むように握った。

「切原くん…?」

「良かった〜〜〜!マジ良かった!!フラれる覚悟はしてたけど、田中も好きって言ってくれて…場に流されたとかじゃないよな?!」

「ち、違うよ!ちゃんと好きだよ…」

まだ信じてない様子の彼に、しっかり目を見る目て言った。

「うん…夢みてぇだけど、夢じゃねえんだよな…。俺たちって両思いなんだよな…」

「そうだね…」

「…俺の彼女になってくれますか?」

彼は姿勢を正して、真剣な表情でそう言った。

「…はい、喜んで!」

私は照れて緩んだ笑みを浮かべて返事をした。



今日は最悪な日だと思ってたけど、そんなことなかった。
誰も予想できないくらい最高な日だったんだね。





end.
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