*戦後のお話です。

























「スザク」

「はい」

「アレの季節だねえ」

「アレじゃわかりません」

「アレといったらアレしかないだろう。冬だし、寒いし」

「はあ」



アレって何だろう、とか考えていたら、波打際に男二人立ち尽くしていた。


砂浜に波が打つ。靴が濡れる、と、思考を巡らせながら、(どうして冬で寒いと海なんだろう)とスザクは目の前の美しい男性を眺めてそう思った。


少し先の海岸にはコーネリアとナナリーの姉妹。


妹の車椅子を押して歩いているコーネリアは「冬といえば軍式体操に寒中水泳だろう!」と息巻いていたが、さすがに妹をほっぽらかして海中に飛び込むことはしなかった。


どうにも世間の常識から逸脱した兄姉だ。その二人の間に挟まれたナナリーは「冬といえば熱燗に温泉ですよ」と中々渋いことを笑顔でいう。


砂のお城を作ろうか、と、浜辺に座り込んだシュナイゼルに付き合って、砂をかき集める。ブーツは水を含み、色が変わっているが、元皇族の方々は靴が汚れることも厭わないで、無邪気に遊んでいた。



(なんだか、すごく平和だ)



戦後処理に明け暮れる毎日が嘘のようで、スザクは首を捻る。


シュナイゼルはといえば、楽しげに砂山作りを続けていた。冬の寒い日といえば、これなのだろうか。


ふと見遣れば、夕陽に照らし出される二つの人影。


ナナリーの手足を冷やさないようにと、小さな腕にマフを巻いているコーネリアの姿は何だか微笑ましい。


波打際を歩く姉妹は、あまり似ていない。


母親違いなのだから当たり前だろうが、華奢な美貌のナナリーは、コーネリアよりもシュナイゼルと面差しがよく似ていた。(ああそういえば、彼女もそうだったな、と思った)



「スザク」

「はい」

「楽しいかい?」

「ええ」

「そう」



良かった、と、彼は微笑む。


頬を切る風はまだまだ冷たいのに、海に行きたい、と言い出したのはシュナイゼルだ。


どうして彼が、こんな寒い日にこんな場所に連れ出したのか……本当は分かっている自分がいた。



「なんだか、騒がしいね」



少し離れた広場では人だかりが出来ている。何かの記念祭らしく、花飾りを頭に着けた少年少女が楽しげに走り回るのが見えた。シュナイゼルは眩しそうに目を細める。



「今日は何の日かな」

「さあ。いつもと同じ、ごく普通の平日ですよ」

「そうか」

「そうですよ」



それ以上、彼は何も言わない。スザクは黙って、砂を寄せて適量の水で固めていく。







あの日も、こんな天気のいい日だった。


午後は雨が降るという予報が出ていたのに、傘を忘れちゃいました、なんて、彼女は無邪気に微笑んでいた。


これから歴史的な一大事業を成し遂げるというのに、何処までも可憐な少女だった。


広々とした空を見上げて、彼女は背を向ける。そして振り返ると「スザク」と微笑んで、春の妖精のような、あどけない顔をしていた。











(あの時、彼女はなんと言ったんだっけ)






ああ、そう。ゼロと二人きりで話すと言っていたんだ。


自分の兄を殺した男を、慈愛の心で許すだなんて。


彼女の胸に憎しみはなかったのだろうか。偽善と呼ぶには彼女の愛はこの海より深過ぎる。


大丈夫です、と、彼女は咲き初めの薔薇の花のように微笑んで、無邪気に手を振っていた。生まれたての赤ん坊のような、人を疑うことを知らない清らかな微笑。


大勢の民衆のために、彼女は方々を駆けずり回った。


やることがたくさんありすぎて時間がない、と言っていたけれど、スザクの誕生日には悪戯っぽい笑顔。美しい花束を両手に抱えていて、(僕に会いにきてくれた)。


あの日も、思い出に残る大切な一日になる筈だったのに。








ざん、と、波が飛沫を上げる。


彼女の墓は何処にもない。ブリタニア法典に基づいて、遺体は罪人として処分された。骨の一片さえ残っておらず、合同墓地に埋葬されたとも、冬の海に流されたとも聞いた。


そう、こんなしじまに充ちた静かな海に。



綺麗な海だね、と、シュナイゼルが笑う。スザクは答えない。コーネリアもナナリーも、誰一人として、胸に秘めた悲しみを言葉にしない。



大丈夫です、と、あの日背中を向けた、最愛の女性。そう、彼女は最後まで、(笑っていたんだ。)











……広場を走り回る子供たち。


「ブリタニアの魔女が死んだ日、虐殺皇女の死んだ日」と、愛らしい顔に天使のような表情を浮かべて、彼らは微笑み合っていた。





水底と共に眠る喪失
(安らぎを、願いを、今)


END

スザユフィ

「虐殺皇女の名前が霞むくらいに」とルルーシュは言っていましたが、根本的な問題の解決……彼女の汚名が晴れることは永遠にないのだな、と。

そう考えると堪らなく切なくて、ルルーシュのことをやはり好きになれません。



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