ジパング
□22 みらいへの帰還
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朝になり、ヘリの音で私は目覚める。
時間を見ると10時で、角松さんが来ていてもおかしくない時間だった。
急いでベッドから出て身なりを整え、外に出るとヘリが離れていく。
どうやら角松さんは今来たみたい。
でも、どんな顔して会えばいいか分からなくて、私はその場で佇んだ。
怒ってないと言えども、罪悪感で泣いてしまいそう。
「起きたのか」
急に背後で菊池さんの声がした。
振り向いてみると少し暑そうに目を細め、飛んでいくヘリを見詰る。
「艦長が到着したようだな」
「ですね。
まぁ、作戦の話が先だろうから、私は部屋で荷物をまとめて待機してます」
菊池さんにそれだけ言って離れたら、彼は私に言葉を投げる。
「会いに行かないのか?」
足を止め、ゆっくり振り返る。
いきたいよ、会いたいよ。
でも、どういう顔をしたらいいかわからない。
「…会うのが怖いです」
「洋介は怒ってないぞ」
「……分かってますけど…
こんな自分が、多分一番許せないんだと思う」
何事もなかったように会える訳ない。
「……そう悩むな、オレだって死にたくない。
迎えに行くまでには心の準備は終わらせておけ」
ポン、と頭を撫でてから、彼はヘリの方へと歩いて行く。
角松さんへの罪悪感より、あなたの対応に驚いて混乱した。
何あのデレ、いきなり過ぎてビビった。
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時刻は13時。
話し合いはとても長いようです。
まぁ、命がかかってるから単純な話で終わるはず無いんですけどね。
ちょっとお腹が空いてきたけど、角松さんと入れ違いになるのは嫌なので大人しくしている。
まだかな……
会ったらまず土下座しなきゃ。
スライディング土下座の方がいいかな。
―――と、その時ドアがノックされた。
私は一瞬ビクッと身体を震わせ、声が裏っ返りそうになったけど、ハイと返事は出来た。
返事の後にドアが開かれ、角松さんが立っていた。
いざ会ってしまうと、緊張のせいで言いたいこととか、やりたいことが何だったのか分からなくなる。
心臓が痛いくらい締め付けられ、今にも吐いてしまいそう。
逃げたくなる、隠れたくなる。
ビビりすぎだって、自分。
少し身体が震えているのを悟られないように、身体に力を入れるけど、あまり意味を成してない。
でも、角松さんは中に入るなり私をギュっと抱き締めて、私はやり場のない腕を宙で止めて固まった。
「…無事でよかった。
ごめんな」
なんで角松さんが謝るんだよ。
「怖かったな、ごめんな」
一気に目から涙が溢れて、息をしようにもしゃくり上がって酷いことになる。
喉がつっかえて、上手く声が出ない。
「角ま、さ……っ
ごめっなさ……っごめんなさい…っ」
彼にしがみつきながら謝ると、どんどん涙が溢れて止まらない。
そろそろ目元が泣き過ぎでただれてしまいそうな気がする。
「ごめんなさい、ごめんなさい…っ」
言いたいこといっぱいあるのに、コレしか言葉が出ない。
土下座もしてないし、全くダメなやつだ。
「もういい、謝るな。
帰ろう、みらいに」
「ぅん…」
「尾栗も桃井も待ってる」
「ぅん……っ」
腕で涙を拭うけど、やっぱり止まらない。
泣き癖付いてしまったような気がする。
そして荷物を運んで、戻ってきたヘリに乗り込み、滝さんは見送ることもなくヘリはみらいへと飛んでいく。
すこし沈黙していたヘリの中で、私はようやく気持ちが落ち着いた。
「……みらいに着いたら、説明しなきゃいけないことがあります」
「……あぁ。
だが、戻ってすぐでいいのか?
他の連中にも顔を出したりしたいだろう?」
角松さんは私の正面に座りながら、今までと同じように私に言う。
本当に何事もなかったかのように、彼は私に接する。
「説明が先です。
ちゃんと話さないといけないことがあります。
満州の後、一馬さんのこと、そしてこの後のこと…」
膝の上に置いた手をぎゅっと握リながら彼を見詰める。
数秒見つめ合ってから、角松さんは分かったと言った。
それから会話はなくついにみらいの甲板に到着し、甲板に出てみたら、尾栗さんがいつもの笑顔で待っていた。
「おかえり、白樺」
「―――っ
おぐりさん……っ」
その笑顔で落ち着いたはずだった感情が騒いで、また涙が出た。
それと同時に私は駆け出して、タックルするように彼に抱きついた。
「よしよし、泣け。泣きたいだけ泣け。
兄ちゃんが全部受け止めてやる」
咽び泣く私を優しく撫でるから、更に悲しくなった。
心配かけてしまったこと、嘘を付き続けなければならないこと、そして、自分は彼等と共に居られないこと……
色んな感情が心の中で暴れ回っておかしくなりそうだ。
「やっぱり後にしておけ、今はゆっくり休んだほうが良い」
角松さんが抱きついたままの私の背中を撫で、やっと私は顔を上げた。
「いぇ…話します……
話したいんです……こんな状態でも……っ」
ゴシゴシと目を擦って深呼吸し、気持ちを整える。
今のところ、一馬さんの死以上に悲しいことはない。
だから、すぐに抑えられる。
「会議室に行きましょう」
フン、と息を吐くと、尾栗さんは笑って少し乱暴に頭を撫でる。
髪がクシャクシャになったけど、嬉しくて泣きながら笑った。
そして角松さん、尾栗さん、菊池さんの3人で会議室に入り、話す準備は整った。
「満州の後、ヨーロッパに行ったんだな?」
最初に、角松さんが質問をし、私はウンと頷く。
2人は黙って私を見るだけで、質問はして来なかった。
「一馬さんが身分を偽っていた事は、日本で如月さんから聞いていますね?」
「あぁ。
満州で如月に日本で会うと言ったのはその事だな?」
「はい。
……私は…満州に向かう前、みらいが横浜に着く前に、私はそこに居ました」
満州で話していなかった事実に、角松さんは目を見開いた。
京都で石原莞爾と話した後、そのまま満州に向かったと思っていたのだろう。
「草加さんは、早期戦争終結のために長官へヒトラーの暗殺を提案したんです。
それに抜擢されたのは…」
「津田…大尉か」
角松さんにコクンと頷き、私は話を進める。
「そこで、私は彼と約束をした。
この任務が終わったら、結婚しようって。
だから私は彼を助けるために、草加さんについて行った」
今でも、昨日のことみたいに輝いている記憶。
声も、香りも、まだ覚えてる。
「彼が死ぬことは、ダンスホールで会う前から知っていたんです。
どう死ぬかも知っていて……知っている自分なら、助けられるんじゃないかって……
私は、思い上がっていたんです。
何も出来ないくせに、変えられるはずもないくせに……
あんな場所で、敵しか居ないのに、私は……何をどう助けるつもりだったんだろう」
悔やんでも、悔みきれない
だって、それは
私が草加さんと居るための
必然の犠牲だったんだ…
「何も変えられなくて、角松さんを裏切って傷付けて、
私は………っ」
「美瑠璃」
気が昂ぶっている私を、角松さんが呼んで落ち着かせた。
やっぱり、私ってメンタル弱いな。
「……すいません、取り乱しました」
俯いたら、角松さんが隣に立ってポンポンと頭を撫で、お陰でポロッと涙が零れてしまった。
「…今も、彼が好きで…
こんなものまで、棄てられなくて」
鞄から血まみれのコートを取り出し、皆さんは哀愁を帯びた目をした。
「……最期は、看取ったのか」
「…えぇ。
腕の中で、彼は息を引き取った。
撃たれて、崖から飛び降りて……
この血で生きていられるはずがないですよ」
血で固まってしまっているそのコートを少し抱きながら微笑んで、まだ離せないといった。
「まだ、一緒にいて欲しいんです。
私は、ここでやらないといけないことがある」
次の言葉で、皆の目が変わった。
「次の戦いで、佐竹さんを失います」
腕を組んでいた尾栗さんは前に乗り出し、角松さんと菊池さんは驚きの声を漏らす。
人徳もある佐竹さん、その犠牲は大きい。