ジパング
□23 デコピンの刑
1ページ/2ページ
みらいに戻ってから、早くも1週間が過ぎた。
正直攫われていた時と同じような生活だから、あまり変わらない。
変わったといえば、スマホやウォークマンで音楽が聴けるとか、ビデオを見たりとか…かな。
いつもの様に艦内散歩をしていたら、今日は珍しく菊池さんに出会った。
「白樺、話がある」
「…どこでしましょうか」
私は少し声を控えてそう訊き、彼は甲板でいいと言う。
私は黙って彼について行き、そして外に出てすぐ横の柵に菊池さんはもたれかかり、私は彼の3歩ほど離れた正面に立った。
「佐竹はどうすれば助けられる」
何を聞かれるのかと思ったら、佐竹さんのことだった。
「…………迫ってくる米軍の爆弾を全部撃ち落せば、海鳥は犠牲にならない。
でも、彼等だって必死だし、それに数が多すぎる。
正直、海鳥はどうしようもないかもしれない」
あの攻撃を防ぐには、この艦では砲の数が足りない。
「でも、寸前で海鳥から脱出してもらえば、可能性は0じゃない。
その可能性だけでも、私は縋りたい」
「………そうか」
彼はそう応えて、少し沈黙する。
まだ話があるんだろうな、と思いながら待っていると、思った通り彼は口を開いた。
「その後はどうなる」
「そのあと、ですか。
……佐竹さんが死んでしまった後は、この艦で不満を持つものがとても多くなります。
戦って死んだのに、事故死なのかよって。
角松さんを支持するもの、菊池さんを支持するもので分かれ、圧倒的に多いのは菊池さん派。
多分、まだ後にはなりますが、艦内であなたはクーデターを起こし、成功させる」
佐竹さんが亡くなって、その後は山本長官の死がある。
恐らく、私はその時呼ばれると思う。
それから着々と菊池さんは支持者を増やしていくだろうから……うん、後だろうな。
そう言えば山本長官が死ぬのっていつだっけ。
「…………その言葉は信じていいのか?」
「じゃあ訊くなよテメェ」
思わず口調が汚くなってしまったが、菊池さんは気に留めていなかった。
「では、お前はどっちに付くんだ?」
「個人的には角松さん」
そう答えると、彼は少し目を細くした。
先が視えている、しかも菊池さんのクーデターを知っている私が敵となるなら、とても都合が悪いに決まっている。
「私を口説きたいなら、もう少し態度を改めて欲しいですね。
それとも、今すぐ事故として海に放り込んでみます?」
角松さんを傷付ける彼を、仕方なかったとしても…後でちゃんと和解するといっても、私は少し許せない所がある。
でも、それを止めない私は汚くてクズだ。
「……お前は何を考えている」
「……私は私のやるべきことをするだけ。
前にも言ったでしょう、未来を変えるつもりはないって。
変えるつもりがないって言っているのに、佐竹さんを助けたいなんて……矛盾してますけど」
私はクズな自分を嘲笑い、「コウモリは都合良く飛ぶだけ」と言って艦内に戻った。
もう2月……作戦は3月……
迫る、近づいてくる。
その時私はふと資料室のことを思い出した。
山本長官が死ぬ日、そして私が死ぬあの空母のことが分かるかもしれない。
少し早足で資料室に入り、パソコンを起動させる。
カチカチと勘で動かし、山本長官の資料を見付けた。
長官の経歴を見ながら、ようやく目当ての情報を手に入れる。
「4月…18日……」
ポツリと、私は言葉をこぼす。
ブーゲンビル上空、陸軍航空隊P―38ライトニングに撃墜される……
今はまだ2月。
じゃあ、クーデターはまだ先だ。
長官が死んでから動き出すわけだから……
………じゃあ、私は、いつなんだろうか。
今度は空母について調べていたらいきなりドアが開き、驚いて身体がビクンと跳ねた。
「かっ角松さん!!びっくりした………っ」
そこに居たのは角松さんで、中から音がするから気になったそうだ。
「まさか美瑠璃が居るなんてな。
未来読みと照らし合わせているのか?」
彼は私の隣にやって来て机に手を置いて画面を覗く。
私はウンと頷いて、空母を調べていることを伝えた。
「よくわかりませんが、空母が脳裏に写っていて……
いつなのかわからないし、それになんて言う艦なのか気になって…」
「空母はコレか。
赤城、加賀はもう沈んでいる艦だから違うな。
コレか?」
角松さんはマウスを取って艦の名前をクリックする。
「違います」
「これか?」
「それも違う…」
「これは?」
その一つに、見たことのあるような感じがした。
「えっと、なんか似ているような、これっぽいような……」
「ならこれは?」
そうして押されたそれは、私が見た空母に似ていた。
「えっと、さっきのと比較したいです!」
すると角松さんは画像をコピーしてくれて、二枚を見比べる。
煙突みたいな部分が細い方…
「これ!コッチです!!
なんて言うんですか?」
「凖鷹だな。
歴史だと43年4月に航空隊をラバウルに派遣している。
11月には沖ノ鳥島沖で潜水艦に攻撃されたらしいな。
…で、この艦で何かあったのか?」
そりゃ聞いてくるだろうなーと思い、滝さんが乗ってたからと言った。
嘘じゃないもーん。
その後に沈む空母は……まぁ、その時には私死んでるからいいか。
それが後のことだというのは何でか知っているんだよね。
きっと未来読みのお陰だと思う。
「そっか、隼鷹か…」
この名前、覚えておこう。
「気になったのはそれくらいです。
ありがとうございました」
すぐさまパソコンを落とし、立ち上がると角松さんもついてくる。
私は彼の隣に列んで歩き、彼と会話をした。
今日のお昼は何が出るんだろうとか、制服のブレザーのボタンが取れたとか、どうでもいいような会話。
でも、彼も同じく起きた時に水飲んでむせたとか、同じく下らない事を話す。
これだけでも私は楽しくて、食堂でも皆とそんな話をして楽しく過ごせていた。
それから早数日、作戦のために戦艦武蔵へと行くこととなる。
その時山本長官が、私にも来てくれと誘ってきた。
あなたの死までまだあるんだが…と思いつつ、断る理由なんて無いから、菊池さんと一緒にヘリに乗り込んだ。
「まさか私まで呼ばれるなんて」
私の制服は学生服なんで、短くてもコレを着た。
コレがイイ、制服好き。
「長官はお前を気に入っているんだろうな」
「なんか嫌な言い方」
そうしてようやくヘリは飛び立ち、長く揺られて武蔵の甲板に降りた。
武蔵も大きく、わぁーと驚く声を抑えられなかった。
大和と違って砲が少ないんだな。
ここも甲板で試合でも出来そう。
そして兵士に案内されて、会議室にはお偉い様に混ざって滝さんも宇垣さんも居た。
……で、私は?
「漆山、彼女を執務室へ案内しなさい」
漆山と呼ばれた兵士は長官に命じられ、私は一礼してからその場を離れ彼についていく。
ていうか執務室でいいのか!?
私をそんな場所においていいのか!!?
…と、文句なんて言えず、私は案内された部屋に一人取り残される。
よく考えてみたら会議ってそんなに早く終わるものじゃないよね?
ここでじっと待てって??
出たよこの暇な時間!!
あー!!ソファー柔らかいけど暇暇暇!!!
失礼ながらソファーでごろ寝して天井を見つめる。
綺麗な部屋…
身を起こして部屋をじっくり眺めたり、窓から外を見たりして時間を潰すが、1時間しか持たない。
まぁ、今はスマホやウォークマンがあるからいいけどね。
ソファーに座ってスマホで取った写真を上から眺める。
高校の友達の写真や、風景画、日常……
なんか、1年近く経つだけなのに懐かしく思える。
そして、戻れない日常。
ジワッと涙が溢れてしまい、写真を見るのをやめ、仕方ないので海を見ながら音楽を聴いて時間を潰すしかなかった。
------
3時間ほど経ったら、執務室のドアがノックされ、私は窓から視線を入り口に向けた。
入ってきたのは長官で、やぁ、と手を上げた。
「待たせてすまないね。
キミを歓迎したかったんだが、思った以上に時間がかかってしまった」
「いいえ、会議ですから。
それより、私なんかを歓迎だなんて…なんだか勿体無いです」
そしたら長官はドアの前で立ったまま笑い、帽子をかぶった。
「後々、キミには私の命を預けるからね、これくらいしなければ」
「……あ、ありがとうございます」
こうして執務室から会議室に案内され、要人達と食事になってしまう。
殺す気かっての、緊張で死ぬっての。
菊池さんの隣でカチコチになっていると、美味しそうな料理が出て来る。
これ、スイスで食べたな。
ドイツ料理だった気がする。
そして皆さんにはワイン、そして私には炭酸飲料が配られる。
コレなんだろう。
「ラムネだよ、飲めるかい?」
正面に座る長官が私を気に掛け、私は背筋を伸ばした。
横目で周りを確認したら、皆さんの視線が私に集中しているんですけど!!
「あ、ラムネですか。
ラムネは好きです、縁日で見つけると必ずといって良いほど買ってしまうんです」