ジパング

□27 ラバウル
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16日、私は長官と滝さん、宇垣さん他お偉いさん方と共に飛行艇に乗り込んで海の上を飛んでいた。

数時間この沈黙の中にいるのは結構辛いものがある。

こういう時にイイ暇潰しはウォークマン!

音楽を聴いていればボケーッとしていても大丈夫。


「…白樺」


音楽を聴いていてから1時間くらい経ったら、滝さんが私に話しかける。

なんだろうと思ってイヤホンを取ったら、彼はこれが何か聞いてきた。

そう言えば説明してなかったような気がする。


「音楽を聴いています。
今のところ約…1000曲くらい入ってるんじゃないでしょうか」


結構容量大きいタイプだからよく入るのよね。


「そんな小さなものにそこまで入るのか」


「たかが70年以内でこんなに進歩しちゃうんですね。
聴きます?クラシック入ってますけど」


イヤホンの片方を渡し、彼は耳に入れる。

音を大きくしすぎると驚かれちゃうかも。


「何がいいですか?
主にバロックばかり入ってますけど、ヴィヴァルディ、テレマン、バッハ、コレッリ、ヘンデル…
ピアノ曲のみならショパン、モーツァルト、グリーグ、リストとか…」


「随分入っているな……
ではショパンでいい」


「はーい」


ショパンのピアノ集っていうCDのお陰で、ショパンしか流れない。

ショパン好きです。


「……良い音だな」


「レコードとかと違って今は音質がとてもいいです。
皆さんこだわってますもの」


そうして音を聴きながら時間は進んでいき、ようやくラバウルに着いた。

飛行艇から内火艇に乗り、陸に上がる。

私はここの陸軍に会う理由はないので、部屋で大人しく待っていた。

こんな知らない土地だとお散歩も出来ない。
いや、したくないんだけどさ。


またもイヤホンを耳に入れながらのんびり過ごし、いつの間にか夕方になってしまった。

暇です、死にそうです。


あくびをしながらソファーに転がったと同時にノックされ、滝さんが入って来た。

いやー、だらしない状態見られた。


「お前は呑気でいいな」


「すいません…あまりにも暇だったので」


ちゃんと本音を言うと、暇ならこの辺を案内してやるといって私の腕を引いて部屋を出る。

私行きたいって言ってないんですけど…まぁ、嬉しいんですが。


「お気遣い感謝致します」


そう言うと、彼は鼻でフンと言い、私の腕を離して歩く。

歩幅が違うから、ちょっと追いつくのが大変だったりします。


彼はそんなこと気にせず、一緒に歩く。


零戦が置いてある場所、店、人…
全てか新鮮だ。


「それにしても暑いです。
南国……」


暑さに唸ると、滝さんは私にラムネを買ってくれた。

なにこれ、こわい。


「…滝さん、暑さでやられたんですか?」


「少し優しくしただけで酷い言いようだな。
明後日が肝心だから気を使っているのだ」


そう言って彼もラムネを飲み、私も同じく飲んだ。

中身が少なくなり、飲み干そうと上へと傾けると、カランとビー玉が飲み口を蓋してしまったので、縦に戻して指でビー玉を押し戻した。


「大きくなってもコレが苦手…」


と、横を見たら滝さんも同じことになってた。

中身が少なくなると、やっぱりなるよね。


「ごちそうさまでした」


瓶を売り場に返し、滝さんに礼を言うと、彼は何も言わずに歩き出す。

彼はそっけないなー。


「待ってくださいよ」


ちょっと駆け足で追い付き、彼と歩く。

彼は草加さんよりも大きいな。

でも、少し角松さんよりも小さい。

体格も、角松さんのほうが少しガッチリしているかな?


後ろから彼を観察していると、そばで物を売っていたおばさんが私と滝さんを呼び止める。

どんな所でも、商人はいるもんだ。


「あらお若い奥さんね、お一つどうだい?」


カゴの中から出したのは珊瑚の指輪。

この辺でよく採れるから、兵隊さんが嫁さんへの土産として買ってく人が居るようだ。

まぁ、将校様じゃないと買ってけないよね。


「妻じゃない、妹だ」


そう言って滝さんは足を止めること無くおばさんを通り過ぎる。

私はおばさんに一礼してから再び後を追った。

妹か、やっぱりそうよね。


「ねぇ滝さん、私くらいの嫁さんがいたら世間的には変?」


隣に列んで質問すると、彼は目を合わせず口を開く。


「無いわけではないが、少ないな。
遊ぶ女なら若くても良いが」


「奥さんはないってか。
やっぱり草加さんは変わってるな」


ま、恋に年齢なんて関係無いって言葉あるけど。

彼はその事には何も触れず、お散歩は終了。

またも部屋に戻り、あっという間に次の日になる。


午前中は会議で私は何もすること無く、部屋でのんびりしていた。

ほんと暇。


そして午後は病院への慰問に向かう。

なんでか私も同行しているんだが…まぁ、良いんだけどさ。


病院では戦いで体を失った人や、病気になっている方がたくさん居て、でも自分の居た時代と違って設備は整っているとは言えない。

まぁ、コレが普通なんだろうけど。


その時、長官は手袋の下を皆に見せる。

人差し指と中指が無いことで皆が驚いたが、その前で長官が逆立ちを披露すると、全員が手を叩いて士気が上がるのが感じられた。

長官は、人を統べる力を持っている。
だからこそ、ここまでやってきたんだろう。


こんな人を失うのは、惜しい。



運命に、抗えるのだろうか。




------



その夜、私は長官の部屋をノックした。


「白樺です、こんな時間にすいません」


私の言葉から数秒後、扉はゆっくり開かれる。

長官は上着だけを脱いだ格好でいて、私を中に入れた。


「明日のことかな」


かけたまえ、と椅子に座るように言われて私は腰掛け、長官も同じく腰掛けた。


「…はい。
明日朝、米軍は空襲を行うでしょう」


「私はどうなる」


「長官は防空壕に避難。
運命の時間までそこで待機し、しばらくした後に被害を確認しようとあなたは歩いて行かれる。
どれくらいは歩いた場所なのか私にはわかりません。
そこで、米兵の生き残りに射殺されます」


知っている全ての事を伝えると、長官は静かにタバコに火を付けた。


「…運命というものは、信じたくないものだな」


「………………」


自分がそんなもので縛られるのは嫌なんだろう。
でも、事実なのだ。


「長官、生き延びたいのなら、防空壕から出て視察をしないほうが良いです。
ですが……」

私はギュっと膝の上の手を握る。

私の言葉は、みらいの資料よりも強力な呪いとなるだろう。


「この世界は…長官の死を欲するでしょう。
生き延びても、必ず追いかけて来る」


死は追いかけてくる。


「一馬さんも、佐竹さんも…ほんの少ししか時間は伸びなかった。
それはこの世界が望んだ形だからです」


私の言葉に、長官は黙っている。

私は、次に何を言えばいいのか分からず同じく黙っていた。


その沈黙は1分ほどだったのだが、とても長いように感じる。

とても、喉が渇く感じがした。


「………白樺さん
自分が死ぬと言われたら、キミならどうする」


ドクン、と、心臓が脈打った。

自分の死を思い出すと、やはり怖い。

怖くない日が、来るんだろうか。


「…………私は、自分の死が怖いです。
痛いのは嫌だ、苦しいのは嫌だ。
寂しいのは嫌、一緒に居られないのは嫌、これから先に歩んでいけないのは嫌………でも」


……でも


「私は、私の死には意味があるから…私は、抗わない」


私の意思を悟ってもらおうと、私は強い視線で長官の眼を見る。

長官は、少し口を開けて背もたれに凭れた。


「………まさか、白樺さん…
自分の死期が視えているのか」


コクンと頷いて、私は何のために死ぬのかを話した。


「……そうか、草加を守るため…か」


ははは、と笑ってタバコを灰皿に押し付けて火を消す。

でも煙はまだ漂っていて少し苦しく感じた。


「なぜ、抗わない」


そうよね、聞くよね普通。


「この先生きていても、草加さんの味方になるか、みらいの味方になるかと言う選択肢に迫られるからです。
私はどっちも大事。だから、選ばない。
選ぶ前に死にたい」


まぁ、草加さんに生きていてもらっちゃ困るんですけどね。


「………そうか、もう覚悟をしていたのか」


そっと私の頭を撫で、長官は微笑む。

その微笑みは、何だか嫌な予感を脳裏によぎらせる。

なんで?


「私は自身の力で立ち向かう。
ありがとう、もう休みなさい」


最後にポンと頭を撫で、私は出て行けと遠回しに言われている気がした。


「……おやすみなさい」


「あぁ、おやすみ」


長官の部屋から出て自分の部屋に戻る。

ベッドに横になったけど、胸騒ぎで目が覚めてしまい、少ししか眠ることが出来なかった。


3時程でようやく寝付けたかと思ったのに、敵襲を知らせるサイレンが目覚まし代わりになってしまった。

全く良くない目覚めです。



 
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