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□人間自販機
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「…………」
下校途中、いつもの通学路に見慣れない自販機。
その大きさに貴女はただただ驚き立ち尽くすばかりだったが、あんぐりと口を開けているのは大きさだけが原因ではなかった。
「にん、げん────」
人間自販機
普通の自販機の約三倍の大きさ。真っ白な機体には確かに黒い字ででかでかと"人間自販機"……この五文字のみが書かれていた。
人間自販機?人間?
何で人間?これ自販機でしょ?
何で人間が自販機に?
何で人間が自販機で?
スクールバッグを地面に落としたままぐるぐる同じ事を考える。勿論答えは見つからない。
「ここから、出るの?」
普通ならジュースが転がってくる取り出し口を見つめる。大きい。貴女がすっぽり入れるくらいに。
人間がここに転がり落ちてのそのそと這い出てくる様子を想像した。
……不気味過ぎる。
自販機の中程に書かれた五文字より数センチ上には『男』『女』と目された二つのボタンが夕闇に浮かび上がっており、それぞれの下に『¥1000』と表示されていた。
『女』ボタンのすぐ横に小銭とお札の投入口が設けられている。
「いくら何でも安過ぎるでしょ……人間の価格としては」
思わず引きつった笑いが漏れ出た。
「もしかしていたずら?それとも新手の詐偽?」
それらは充分考えられるが、千円単位の金のためにわざわざこんな手の込んだ真似をする暇人や詐欺師がいるものだろうか。
「…………」
人間自販機の文字を見つめたままごくりと唾を飲み込むと、冷たい機体に左耳を押し宛てて内部の音を探る、ノックしてみる、「もしもーし」などと小さく呼び掛けてみる。
────全て応答無し。
生きている人間が入っているのも怖いが、まさか死体が入っているのだろうか。
何にしてもこんな箱の中で人間がじっとしているのは気味が悪い。
「帰ろ……」
薄ら寒くなった体をさすりながらバッグを拾った。
自宅方向へと五歩も行かないうちに自販機が叫び出した。
「ひっ……」
自販機を振り返る。『ピピピピピ』と高い音を発しながら何かが点滅している。恐る恐る近付く。足が重い。見なかった事にしようとしていたそれを再び直視する。
────ボタンが。
『男』ボタンが点滅を繰り返している。
「何?故障?……私のせい?違うよねっ?」
どうしたらいいのか分からずおろおろ取り乱す。
周りには誰もいない。住宅街より少し外れた通学路には、広めの空き地と喚く自販機と貴女だけ。
横に立つ街灯が夕闇の中に淡く灯る。小さな害虫が光に群がる。
貴女はひたすら点滅を続けるボタンを見つめる。心臓が激しく脈打つ。耳にまで鳴り響く。心臓の音と自販機の声以外何も聞こえなくなる。右手が震えながらゆっくりとボタンをなぞる。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ────
ドガンッ。
大きな衝撃音が響いた。その瞬間機械はぷっつりと黙り、『男』ボタンは主張を止めた。
右手人差し指はボタンから離れ、左手から財布がすり落ちた。
────その中に四人いたはずの夏目漱石は三人になっていた。
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