砂漠の王と氷の后

□市場(バザール)にて
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もう一回、
我に返り直してのそれから。(苦笑)
誰もいないことを
殊更あらためるかのように、
周囲をよくよく見回しつつ、
そろりと立ち上がった紅蓮の妃。
再び、こちらの気配を…
あくまでもお世話の勝手から、
聞き漏らすまいと
しているやも知れぬ
侍女を警戒しつつ。
小さな足へ厚絹を張った沓をはき、
その先が埋まるほどもの
段通を敷いた広い寝間を、
足音もさせずに、
されど すたすたと歩むと。
外への回廊へ向かうかと思いきや、
その手前の壁に下がった
やはり見事な段通に触れ、
その陰の壁へと白い手を伏せれば、

  こくん、と

音とも言えぬ響きと、
微かな微かな手ごたえがあってのち、
漆喰塗りの壁の一部が後ろへと凹む。
足元までのすっかりと、
人一人がやっと通れる
刳り貫きが開いて、
中は仄暗いのを
やや恐る恐る覗き込んだ
妃だったが。
先程
寝台の側卓から持ち上げた火皿を、
傍らの飾り卓の上へ置き、
少々手間取りつつも
火打ち石にて明かりを灯すと。
再び左右を見まわし、
首を伸ばして
遠くも見やってからという
慎重さを示してから、
その中へと踏み込んで。

  「  …………。」

そちらも漆喰塗りの壁には、
対になった掛け具が
幾つも埋め込まれてあって。
そこへと大小様々な
大太刀や長柄の槍など、
使いこなされている得物が
数だけ掛けてあったのは
なかなかに壮観。
武術に心得のある姫なればこそ、
そこいらの目も利いて、
ほおと思わずの
吐息が洩れたほど。
家宝というほどではない、
日頃使いの装備品を
収納してある蔵らしく。
どの刀剣も、
意匠も凝ってはなくの
質実剛健なものばかり。
しかも、
壮年殿のあの大きな手に相応しい、
重々しそうなそればかりであり、
今でこそ安寧の治世下で
その必要もないとはいえ、
彼の覇王にとっては、
自己の命を預けるのみならず、
守りたいものへの脅威を
打ち払うためにも
必要な武具たちであり。
錆びつかせぬための
手入れの必要とそれから、
1つ1つの癖や重み、
柄を握り込む勝手や何や、
その身へ常に慣らしておくべく
身近に置いているのだろうと、
そこへの理解もまた、
こちらのお転婆な姫には
造作なく及ぶこと。
それどころか、

 「………。」

手燭を手近な卓へ置き、
数ある剣を1つ1つ
見回し始める彼女であり。
かすかな明かりに
金の綿毛を淡くけぶらせ、
自分には
どれも大きいものばかりな中、
これも収納用なのだろう、
中でごろごろ
遊ばぬようにという
留め具のある棚に仕舞われた、
そちらは小太刀ばかりなのも
見回してのち。
それらほどには
小さすぎない太刀を一振り、
壁から そおと取り外す。
その長さゆえか、
さして反ってもないその太刀は、
細身で拵えにも無駄がなく、
妃の小さめの手でも
十分に扱えそうであり。
お顔の前にて
鯉口の左右に手を掛けて、
そろと引く手際は
なかなかにお上手。

 「…………。」

そこへと現れた直刃の煌きへ、
紅の双眸を瞬きもさせずの
じいと据えていたところ、

 「それで儂の寝首でも
  かこうと思うたか?」

 「…っ。」

並べられた内容よりも、
突然の声だったことへと
驚いてだろ、
こちらは声もなく、
細い肩を跳ね上げた
キュウゾウだったのへ。
それもまた承知だったか、
鯉口切られた刃が失速せぬよう、
小さな手の上へ
自身の手を重ねて、
引き抜かれぬよう
支えてくれたのは誰あろう、

 「シマダ…。」
 「油断も隙もないな。」

そうと言う割に、
楽しそうな口調だったし、
肩越しに見上げた精悍なお顔も、
苦笑と呼ぶには
随分と柔らかな笑みにて
ほころんでおり。
一応は咎めだてをしつつの、
身の拘束を構えておいでの
覇王様だというに、

 「〜〜〜。///////」

そんな男臭いお顔で
微笑うのは無しだと。
大好きなそれとなりつつある、
彼の匂いや温みに
取り込まれながら、
この期に及んで…
そんな見当違いな感慨を、
胸のうちに
沸き立たせてしまった
烈火の姫であったほど。
とはいえ、

 「このような物騒なもの、
  どうするのだ。」

そうと問われると
我に返れたらしく。
抜き放たれぬようにと
押さえ込まれた太刀を、
その手へ再び眺め直してから、

 「…ほしい。」
 「んん?」

見つめていた太刀から、
こちらの肩先に
お顔を寄せていた
カンベエの方を見やった姫が、
あらためての繰り返したのは、

 「これ、ほしい。」
 「…何でまた。」



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