ワケあり Extra 6

□どこでも気ぜわしい時分なので
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先週は ところによっちゃあ都内の平野部でも雪が舞って、
師走の始まりがそうだったような冬本番という寒さが襲ったけれど。
今週はそれを大きく覆す、それは穏やかな暖かい朝で始まって。
陽だまりの明るさに暖かさを感じて和みつつ、
週末のクリスマスをさあどうしたものか、
プレゼントやご馳走の手配、いくら何でも本腰入れて取りかからなくてはと、
せぇのという気合いも入るよな週の頭と相成っており。
そんなすがすがしい冬の朝に、

「よう。」

ほぼほぼ住宅街の真ん中という立地にもかかわらず、
朝も早よから開店し、ご近所の早起きな層へモーニングを提供している
甘味処の“八百萬屋”の、
表通りに向いたドアを開け、
カウンターの内側で数個ほど並んだコーヒーサイフォンの様子を見ていた
ややごつい風体の店主に気さくに声を掛けたのは。
引き締まった痩躯に今日は割とカジュアルなコートを合わせた、
それでも雰囲気の鋭角さは削がれぬままという、シャープな印象の男性で。

「おや、お珍しい。」
「ホント。こんな早くにどうしました、榊せんせえ。」

こちらもやはり顔馴染み、
通っている女学園はお休み中とあって、
堂々と看板娘として店内の切り盛りに参加中の平八までもが、
可愛らしいエプロン姿のまま、おややと小首を傾げたのも無理はない。
ひなげしさんのクラスメート、紅ばらさんこと久蔵さんの主治医であり、
女学園の校医でもある榊兵庫せんせえが、
自宅からも三木さんちからもちょっと離れたこんな地へ、
しかもこんな早朝に顔を出すなんて。

「試験休みでも校医さんは出勤しなきゃいけないんでしょうか?」

2学期の期末テストも先々週に行われ、
今は 出席日数が足りないとか試験の点数が思わしくない顔ぶれが
補習のために登校しており。
運動部だって練習にと登校してもいるだろし、
何かあったら校医せんせえにもお声がかからぬではないだろうけど。
それでもねぇ…と、判じ物でも解くような顔をするお嬢さんだったのへ、

「いやいや私もお休み扱いだよ、学校からはね。」

彼らが何を怪訝に感じたか、さすがに察して苦笑を返し、
まだオーダーしてはないのに、気を利かせてコーヒーを出されたのへ、
どうもと会釈をしつつカウンター席へと収まったそのまま、
繊細そうな指で襟元から薄手のストールをほどく。
つややかな黒髪を、撫でつけるでなくの肩口までさらりと下ろしておいでで、
痩躯なその上、面差しもやや鋭い印象が強く、
細いフレームのメガネにそんな髪型のお医者様と来て、
もしかして神経質なのかな、
気難しいお人かも知れないと受け取られがちだが、さにあらん。
これで実は子供を構うのがお上手だし、
目の前にいる女子高生のお嬢さんと同い年の三木さんちのご令嬢とは
彼女が女学園付属の幼稚舎に通う頃からのお付き合い。
躾けは厳しいが、それでも…幼き存在の言葉足らずやもの知らずにも
ようよう気長にお付き合いできる方だし、
それでなくとも口数少ないあの令嬢の、
上手く言えぬともどかしそうになる機微などなどへも、
根気よく相手をしてきた方に違いなく。
お転婆揃いの、しかもちょっと複雑微妙な背景持ちな
とあるお嬢さんたち (久蔵さん含む)とのお付き合いで
更なる頭痛の種を増やしている現状へも、
そうそうキリキリと尖ることはなく、頼もしいフォローに回られている辺り、

 “何だかだ言って、兵庫さんも久蔵殿には甘いんだものvv”

ひなげしさんが その豊かな胸の内にてコッソリと微笑ったような、
ただ親しいより もちょっと温かい感情の下、くるみ込むようにして接していなさるのは明らかで。
ただまあ、ご本人の自覚としては妹への情愛のようなもの止まりなのかもで、
彼女らにしてみれば、そこが何とも歯がゆくってしょうがない。
今朝のこの思わぬ登場も、

「短大・女子大のコミュニティホールで、何やら特別な来賓を迎えるそうじゃないか。」
「あ、そっか。それで久蔵殿、斉唱部かかわりの…。」

彼女らが通うミッションスクールの高等部のご近所に、ほぼ内部進学組が集う女子大があり。
やはりやはり名家のお嬢様がたが通う場所柄に合わせたか、
そちらの敷地内には結構な作りの講堂もあって、
入学や卒業にまつわる式典のほかに、近隣のお屋敷から通うクチには成人式だの催されてもいる。
そんな女子大でのクリスマスミサにと、海外の大きな教会から司祭様がおいでなのだとかで、
歓迎のセレモニーに花を添える格好、
高等部の斉唱部が聖歌を歌い上げることになっているのだとか。

「聖歌隊、評判良いそうですからね。」
「それもあるがな。」

久蔵さんは滅多にお声が聞かれないほど寡黙だが、
ピアノの演奏に秀でておいでなため、
歌は紡がぬがその代わり、
繊細な旋律を奏でる伴奏係として斉唱部へ籍を置いていて。
端正な風貌や凛とした態度や所作が
そういう席でも華やかに舞台映えし、
微妙な言い方になるが主催側にたいそう重宝がられているらしく。
しかもしかも、

「出来れば三木様には主賓への花束贈呈を…っていうご指名が来たらしくてな。」

今回は文字通りの“花を添える”役も請け負っているらしい。
特に珍しい話じゃあないからだろう、さほど渋いお顔ではない兵庫さんで、

「それで、コミュニティホールまで送ってこられたのですね。」
「学園への送迎にはあたらぬだろからな。」

三木さんちは此処からJRで数駅ほどの距離がある。
お元気な高校生だ、毎日の登校に苦労はない程度だが、
今は休暇の真っ只中だし、
来賓へのセレモニーとやらへ立つための装い一式という荷物もあるのでと、
顔馴染みで事情も通じておいでの榊せんせえが車を出してくださったらしく。

「御用が終わったら連絡を? それとも此処へ直接来るんですか?」

だったら美味しいケーキセット、食べてってもらいましょうよということか、
にこにこ微笑う平八だったが、

 ぴこん、と

そんな彼女の“どこか”から、耳に馴染みのある電子音がして。

「あれ?」

エプロンの下、前掛けに隠されてたが
実は今様のを履いていた、
ダメージジーンズのセミタイトなスカートのポッケをまさぐり、
やわらかそうな手へ取り出したのは薄いツールで、所謂スマホ。
大方メールか、ラインへの書き込みがあったのかなと、
今時には あるあるなこと、
こちらに遠慮せず読みなさいよと促すように
視線を逸らしかかった大人男性二人だったものの。
そうと気遣われたご本人が、妙なつぶやきを口にした。
いわく、

「…久蔵殿、時速50キロで移動してますよ。」
「何だって?」




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