ワケあり Extra 6

□華麗なる美技に括目せよ
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*バイオリンの用語とか出てきますが、当方“聴き専”です。
 よってあちこち付け焼刃な代物ですので、くれぐれも信用なさらぬように。
 しっかと学んでおいでの方には失笑千万だと思いますが、笑って見逃してやってください。
 

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赤ずきんちゃんはお母さんからお使いを頼まれて、
森の中に住むおばあさんへお見舞いの品を届けに行きました。
赤ずきんを足止めするべくお花畑の場所を教えた狼は、
先回りしてますはおばあさんをぺろりと一飲み。
それから、続いて訪れるだろう赤ずきんを
おばあさんの寝間着を着、ベッドへ横になって待ちました。
病気なのでか ベッドに横になっているおばあさんは、
遠く訪ねて来てくれた赤ずきんちゃんへ、
よう来てくれたねぇとねぎらいの声を掛け、
もっとこっちへ寄っておくれと誘います。

「おばあさん、おばあさんの耳は、ずいぶんと大きいのね」

すると、おばあさんに化けたオオカミが言いました。

「そうとも、お前の言う事が、よく聞こえる様にね」
「それに目が大きくて、光っている。何だか怖いわ」
「怖がる事はないよ。可愛いお前を、よく見る為だから」
「それに、おばあさんの手の大きいこと。
  おばあさんの手は、こんなに大きかったかしら?」
「そうだよ。大きくなくては、お前を抱いてあげる事が出来ないもの」
「それから何と言っても、その大きなお口。
  おばあさんのお口があんまり大きいので、びっくりしちゃったわ」


配役別に声色を変えて読んでくれてた芸達者なお兄さんへ、
ふと、小さな女の子は絵本から顔を上げ、何だか困ったようなお顔になります。

「??どうした?」

何か言いたいことがあるようなのでと、
お兄さんが先を促すようなお声を やんわりと掛ければ、

「…ここまで違うのって。」
「……そうさな、まるきり別人だよなぁ。」

そうと気づいてて なのに他人だと思わないなんて無理があるのでは?と、
そこに気付いて怪訝そうな顔をしたお嬢ちゃんだったらしく。
無口ではあるが聡いお嬢ちゃんへ、
良いところに気がついたなぁとお褒めの言葉が掛けられ、
兵庫お兄さんから やさしく撫でてもらったのは覚えているけれど、

「……?」

そのあと赤ずきんがどうなったのかは
実は最近まで知らないまんまだった久蔵さんだったそうな。




      ◇◇


照明を極力落とされた やわらかな暗がりの中、舞台だけは煌々と照らし出されており。
明るい木目のクルミ色の床材の上、同心円状にしつらえられた席に、
それぞれの楽器を抱えた奏者たちが坐し、真摯な表情で華麗な交響楽を演奏中。
厚みのある荘厳な曲想は、聴衆を感動の微熱で圧倒し、
そんな観客の視線のほとんどが、ステージの上、すらりと立つ華奢な姫御に集中している。
か細い喉や真白い首元が、深紅のドレスとの拮抗から目映いほど映える。
そんなデコルテ部分の鎖骨のうえへ、固いがなよやかなデザインの躯体を載せ、
その端の肩あてという部分に細い顎を下ろしてちょいと挟むという独特の演奏姿勢や、
伏し目がちとなり
右手にて品よく摘まむ弓をしなやかに上下させて操る奏法や所作が、
妙なるつややかな音色と相まって何とも官能的。
ビオラの音はヒトの声に限りなく近いと聞いたことがあるが、
ならばそれよりやや高く、硬質柔軟な音色を奏でるバイオリンの“声”は、
時に神がかったり、はたまた魔性をおびたりして聞こえても
不思議はないのかもしれぬ。

「…ふわぁ〜vv」
「艶やかですよねぇvv」

弓を動かすボウイング(運弓法)も、
弦のほうを押さえて 指先できゅうとこする仕草も何とも優美で華麗。
癖のある金の髪が額へ軽くかぶさることで、
鋭角繊細な細おもてへ淡い影が落ちており。
それを振り切らんとしてか、単に曲想や奏法上の弾みでか、
時折かすかに顔を振り上げるその所作がまた、
曲想のサビの部分の キレのある鮮烈さを視覚的にももたらして。
そのたびに、観客席から…あくまでもひそやかなそれながらも
“わvv”とときめき交じりの声が上がる罪深さよ。
女性奏者なので舞台への華やかさを求められてなのだろう、
深みのある赤を基調としたポートネックタイプのチェスト部と、
シルクの上へチュールを二枚重ねた、
Aラインのロングドレス姿の少女が指揮者のすぐ間近という位置に立っており。
日頃の周囲からの“紅バラ様”という愛称をそのまま模したようないでたちなその上、
華やかな美貌に演奏の冴えも相まって、何とも印象的な御姿なれど。
実を云や、ご当人様にはこの衣装がかなりの随分と不服のタネだったらしく。

 『……#』
 『まあまあ久蔵殿。』
 『シャープなデザインだから カッコいいですよぉ。』

楽屋での支度中に傍に居たお友達二人も、
こちらは暗転となっている客席で 小さく思い出し笑いをこぼしておいで。
ちなみに、オーケストラ奏者の服装についての決まりは原則として無いそうで。
ただ、歴史上 音楽家は貴族の使用人から始まっており、
高位の人の前に失礼のない格好で平民が出るために 礼服を着用したことから、
今でも礼装に近い装いが基準となっているようです。
となれば、ドレスコードとは別、
女性がタキシードで舞台へ上がってもいいはずで、
指揮者は特に、女性であれ凛々しい燕尾服で壇上へ上がるではないかと
彼女なりに散々ごねたらしい。
…通訳は誰が担当したんだろうか。(おいおい)

「確かに、あのポスターで女子を集めておいて、
 舞台ではこの姿ってのはちょっと詐欺かも。」

なにしろ、このコンサートホールのエントランスやロビーは言うに及ばず、
最寄駅の案内板やそこからホールまでの順路沿いの街灯のぼり、
至近駅のみならずな繁華街のインフォメーションブースなどなどというあちこちに、
宣材の一環として使われていたのが、
今の今 華麗に装っているドレス姿とは正反対、
かっちりとした黒地の燕尾服をお召しの 三木さんちの久蔵お嬢様のお姿だったりし。
礼服本来の醸す堅さもありつつ、されど
すんなり伸びやかな肢体をなお引き締めて清冽な、
甘さと冴えとを同居させている、一種 蠱惑的な印象のする代物で。
カメラからはやや斜な角度に立ち、
時期が時期なのでチョコレートのつもりか
真っ赤な包装紙で包まれたCDサイズの小箱を、
これもちょっぴり横を向きかけたお顔の
口許だけを隠すためにと斜めに摘まみ持っており。
視線はちょっぴり上目遣いなので、
こちらに向けて やや挑発的にくすすと笑っているようにも見えなくはない。
同じ写真がポスターだけじゃなくステッカーやチラシにも使われたのだが、
そのどれもが片っ端から持って行かれて、
何と配布開始から3日後には在庫がなくなり、大急ぎで増刷したという、
そっちの筋で近来稀な伝説を打ち立てたとかいう話も聞くほどで。
女性の観客たちを、その連れともども集めたいという趣旨で彼女を抜擢したなら尚のこと、
演奏の場でも、あのやや倒錯的なタキシード姿の方が納得もされようにと思うところだが、

「何の、彼女の固定ファンはドレス姿でも魅了されようさ。」

厳しいドレスコードがあるほどでもない、
さほどかしこまる必要はない公演会だが、それでもというおめかし、
春を先取りしたような桜色のワンピースに
ウエストカットのガーリーなジャケットを合わせた
白百合さんこと七郎次の隣の席からのお声がかかり、

「あ、丹羽さんだ。」

そちらは白いワンピに薄紅のジャケットを合わせていたひなげしさんこと平八が、
お友達越しに こんにちはと小声のご挨拶の声を掛けたのは、
彼女らとも顔見知りだが、素性はまだまだやや謎だらけの結婚屋さんこと、
久蔵の親御が経営しておいでのホテルJにてブライダル部門を任されている
“ポンパドール”という会社の御曹司、丹羽良親という御仁。
上背があって肩も背中もかっちりと頼もしく、
今日も最新のイタリア産のスーツをスマートに着こなしておいでで。
役者さんのようなするんとした頬に、優しげな双眸は切れ長ながらぱっちりと大きめ、
表情豊かなやわらかそうな唇…という、どこかロマンチックな風貌をした、
一見しただけでは ただただ甘い印象のする容姿をした美丈夫なれど。
これで格闘技にも明るいそうなので、
時々久蔵お嬢様の送迎やボディガードを兼ねたお付きもこなしておいでなようで。

「今日は兵庫せんせいが来られないそうなのでね。」

まま、本公演というのじゃなしと、
口許を弧にほころばせつつ、小さく付け足された一言へ、
七郎次や平八もそこは承知か、うんうんと頷き返す。
そう、今宵のこの舞台はいわゆる
“ゲネプロ(ゲネラールプローベ)”というもので、
本番と同じ条件(メイクや衣裳、音響、照明など)で、
本番を上演する劇場の舞台上で行う“総舞台稽古”にあたるそれ。
全ての稽古の総仕上げで、
リハーサルと違う点は、
途中で何かしら支障があっても流れを止めないのがデフォルトなところ。
なので一般の観客は入れないが、その代わり
広報の一環として記者や報道関係へ公開されることは多い。
かく言う七郎次と平八も、久蔵自身からという伝手でここに招かれているのであり、
本公演のチケットはとうの昔に売り切れ状態だったとか。
そんな二人とは違い、久蔵の兄のような存在でもある保護者の榊せんせえは、
明日の本番へこそ足を運ぶに違いない。
そこまでの前評判を博している特別公演らしいが、
実を云うと…独奏をなさる久蔵お嬢様の蠱惑な魅力だけで
そこまでの話題と評判を得ているというわけでもないようで。
それをなぞるように良親さんが言い足したのが、

「公言こそされてはないが、
 ここでお披露目されることが注目されているのは、
 かの名器、ストラディバリウスの方なんだしね。」

周囲の皆様への迷惑にならぬよう、穏やかに低められたお声は
薄暗がりの中で妙に柔らかく甘く響いたせいだろか。
お嬢さん方とは逆のお隣に坐していたどこかのテレビ局のカメラスタッフらしい女性が、
舞台よりも彼の横顔の方をこそ 熱っぽいお顔でうっとり見やっておいでだった。



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