ワケあり Extra 6

□華麗なる美技に括目せよ 後片づけ
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ちょっとばかり罪な価格のバイオリン一丁のせいで
とんだ騒ぎになってしまった とあるコンサートのゲネプロは、
不法侵入と脅迫、傷害、強盗未遂、集団暴行、威力業務妨害 等々、
まずはの罪状だけでもこの勢いでその罪科を挙げられた
十人近い頭数の男女混成強奪集団がぞろぞろと検挙されてゆき、
予定されていた演奏プログラムを半分ほど残しての幕引きとなった。
のちに判明したのが、たまたま居合わせた良親殿が睨んだとおり、
強奪予定だった高価なバイオリンは捌き先が既に決まっていた
所謂 “受注”があっての段取りだったようで。
途中までの演奏に支障が出ぬほど、
標準以上の腕前で巧みに楽器演奏がこなせた顔ぶれが
容疑者の中に少なからず混ざっていたのは、
これものちに判ったのだが、
ネットでそこをこそ重要とした募集が秘密裏に掛けられた結果だとか。

「末恐ろしいというか世も末だというか。」

今日びの不景気っぷりでは
市響などなど一般の楽団に所属したところで到底食ってはいけないとして、
演奏家としての道を半ばで諦めたものの…という顔ぶれが、
こんな形でその腕を見込まれたのに乗っかり
研鑽の成果をしゃあしゃあと悪用しただなんて。
順番がおかしいというか、恥ずかしくないのかというか、
憤りを噛みしめるように残念がったのが七郎次なら、

「裏の世界用の掲示板ってのは相変わらず健在なのですね。」

諸外国に比較して凶悪な犯罪の発生率は低い印象がいまだ拭えぬ日本だのに、
ネット社会では話は別か、
覚せい剤売買の情報とか痴漢のお仲間を募るとか、
ひどいものになると殺人依頼なんてのも書き込まれているそうなと、
日頃は温和そうに弧を描く目許、
見逃しちゃいないとばかりにやや見開いて嘆息しているのが平八だ。
冗談抜きにそこで知り合っただけで面識もない同士が集い、
強盗殺人をやってのけたなどという世紀末な事態も大なり小なり後を絶たない。

「表現の自由を越えてる事態ですのに、それでも統制を掛けられないのでしょうか。」
「今話題の“共謀罪”云々とは次元が違うんですのにね。」

色々な自由が認められているのは、
モラルが高いという前提条件があってのことだと思うのですが。
ですよねぇ、
暴動がいちいち起こりはしない、穏健でお行儀の良い国民性へのおんぶに抱っこですものね。
政府も都合のいい時だけそういう風潮へ頼るなと言いたい…だなんて、
ちょいと大人なご意見を交わす白百合さんとひなげしさんの傍らで。
こちら様は果たして本当に判っておいでかどうなのか、
鹿爪らしく うんうんと深々頷いている紅ばらさんは、
誰のせいだか真っ赤なロングドレスが玉なしになってしまったため、
とりあえずは此処へ来るのに着ていたそれ、
サックスブルーのシャツと淡いベージュのパンツスーツに着替えておいで。
今日本日の保護者として傍らにいる良親殿の
一見、人当たりも良さげな、やわらかな甘さに整った顔容とはやや正逆の印象、
切れ上がった双眸に細い鼻梁、意志を映して引き締まった緋色の口元という、
清冽ながら 品のいい造作の風貌をした…やはり若々しい美丈夫にしか見えないか。
警察関係の人だろう、濃紺の上っ張りをまとった若めな女性の係官たちが、
何とも可愛らしい含羞みに目許を赤らめながら
さりげなさを装いつつ…幾度もこそりとした視線を寄越してくるのが、
七郎次や平八には苦笑を誘うほどくすぐったいばかり。
だがだが、

 “そんな顔するキミらにも、異性の眼差しは降っているのだけれどもね。”

白磁の塑像もかくあらん、それは深みのある真白な肌に、
本当に金を梳きこまれているかのような煌めきを含んだ髪と
やさしい慈愛の笑顔が何ともよく似合う、
若木のような肢体で春の装いを着こなす白百合さんといい、
懐っこい笑顔に視線が吸い寄せられる先、
手入れの行き届いた甘い赤さの滲む髪と ほわほわと柔らかな肌が蠱惑の匂いを孕み、
屈託のない愛らしさへちょっとばかり罪作りな含みを醸す ひなげしさんといい。
それぞれが持つ大仰な肩書のみならず、
いかにも美麗な風貌でも目を引く存在である こちらの3人のお嬢様たちは、
そんなこんなという付帯条件以上に こたびの騒動における主要な関係者だからだろう、
ロビーに集められておいでの報道関係者多数という他の来場者たちとは隔離される格好、
こちらはがらんとした客席の真ん中ほどにて待機させられていて。
駆けつけた警察や鑑識の方々が壇上で忙しそうに駆けまわっているのを
やや離れた位置から眺めておいで。
あくまでも“暴漢から身を守るための行動”で損傷してしまった久蔵お嬢様のドレスもまた、
ビニールの袋を掛けられて遺留品扱いで運ばれていったそうで。
ならば他ので代用を…と
慌てることなく運べるだけの、そりゃあ充実したクロゼットをお持ちじゃああるが、
今度こそはとお嬢様が首を横に…途中で眩暈を起こしそうなほど振り続けたので、
明日と明後日の“本番”では ポスター通りのタキシード姿で演奏することと運びそう。

「それはそれとして。」

そのお嬢様がフェイント効果を考慮してかそれとも何の考えもなしにか(笑)
襲撃犯の顔面を力いっぱい殴るのに使ったレプリカのバイオリンは、
いくら代替品とはいえ あまりに安価な
それこそ初心者の子供用ほどのそれでは音色の質で他の演者との調整が出来ぬとあって、
一応それなりの代物が用意されていたらしく。

「…いくらなのかは知らない?」
「……。(頷)」
「ちょっとしたプロ用ともなればン百万すると聞いたことがありますが。」

そこまで行かずとも、ちょっとお高めのアップライトピアノと張るそうですよ?
うあ、それじゃあ、レプリカだからとホッとしてちゃあいけないんじゃあ…と。
親御のお立場はともかく、ご本人たちの日頃の生活は庶民と変わらぬらしく、
勿体ないことだという一般常識は通じておいでな会話となっているのが
傍からすればちょっと意外かも知れぬお嬢様がた。
やらかした ご当人の久蔵さんも、
乱暴をして壊したなんて経緯が知れれば 兵庫さんに叱られそうだと今になって気づいたらしく、

「……。」

一見すると寡黙なままの無表情なところは変わらぬながら、
此の段になって白い頬を綺麗な両の手で挟み込むように押さえて見せたのが、
殊勝といや殊勝かも。

 “何で行動を起こす前に保護者の皆様の顔が浮かばないものか。”

これを専門用語で“性懲りもなく”と呼ぶ。(こらこら)
良親さんが呆れている傍らで、


「他のところではちゃあんと冷静でしたのにね。」

「そうそう。あのフルート奏者の女性を伸したときとか。」



誰が暴漢かも判らぬ混乱した乱闘のさなかにあって、
女の人には譜面台を使うことなくの手刀制裁を繰り出した久蔵だったのを思い出し、
よくもまあ あんな土壇場の修羅場でそういう気を回せたなと
そこは偉いもんだと良親殿が感心すれば、

「〜〜〜。」
「違うようですよ。手加減とかいうのとは。」
「…おや。」

かぶりを振ったそのまま、傍らの七郎次の通辞を訊きつつ、
一番懐いておいでの金髪のお友達の細い肩口に、
コテンと頭を乗っける可愛らしい素振りをする久蔵お嬢様。
無防備になっている金の綿毛をよしよしと撫でつつ、

「でしょうよね。
 シチさんへ殴りかからんとしていたも同然の賊だったんですし。」

この素振りでそこまで読めるようになった平八が付け足したように、
女性だから手加減したというより、
むしろ強引苛烈な吹っ飛ばしのほうだったに違いない。
ただ、

「あまりな加撃は、間近に居たシチさんも巻き込みかねないと思った
 …の方が正しい順番なのでしょう?」

平八の言いようへ、白百合さんがあらまあと両手で自分の頬を押さえ、
久蔵の方はさも当然という間合いで深く顎を引いて見せる呼吸も相変わらず。
まま、彼女らの相性を知っておれば頷ける話であり。

「本来だったらもっと容赦しませんよね?」

あれでしょか、2回殴って5発蹴る…とか。
それとも、○○が逆らったら 手近なもので殴る、でしょうか。
何ですかそりゃ、どっから引っ張て来たネタですかと。
ほんの数刻前までの騒然としていた空気なぞどこ吹く風で、
それは朗らかに
暢気には違いないお言いようを続けるお嬢様がただったそうでございます。



   〜Fine〜  17.03.02





 *2回殴って5発蹴る…と、
  ○○が逆らったら 手近なもので殴る…というのは、
  判る人には判るだろう、
  お侍様とはまったく別な作品から持ってきたそれです、すいません。
  本当は 蹴るではなく“撃つ”だし、○○というのは牛だと判る人はお友達ですvv
  完全新作劇場版&舞台化おめでとうvv (こらこら)


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