■小劇場 4

□夜桜にはナイショ
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先の冬将軍も
結構な暴れっぷりを
呈してくださり。
高速道路が渋滞した片っ端から
タイヤが凍結してしまい、
そのまま
身動きが取れなくなった
という事態も頻発するわ。
北国の、
それでなくとも
若い人の少なくなってた
山里などでは、
毎日手掛けにゃ
家が潰れよう
雪下ろしの人材がおらずで、
相当に難儀なさったという
お話も聞こえるわ…と。
夏場の
あの猛暑に添うて叫ばれる
“温暖化”と
上手く咬み合って
回ればいいのになんて、
素人のおばさんなんぞは、
そんな調子のいい事を
ついつい
思ってしまったくらい、
相も変わらず
昨今の気候は
破天荒続きなようで。
その余波ということか、
暦が弥生に入っても
いつまでも
冷え込みは立ち去らず。
新年度の先頭、
四月卯月が
すぐそこへと
見えて来ていてもなお、
コートを仕舞えぬ
寒さが居座り。
花の便りも春の訪のいも、
これでは
なかなかじゃあないかと
思われていたのだが。
その気まぐれなお天気が
ぐんと暖かい日和を
これまた突然
寄越したものだから。
四月に入っても この調子では、
入社式だの入学式だのに
間に合うのかとやきもきさせた、
関東地方の
桜の名所のあちこちで、
今度は
目まぐるしいまでの一気に
“見ごろ”のお声が
飛び交ったほどで…。




     ◇◇◇



他には人の通る気配もない、
宵の静謐の中。

 「…あ、
  こちらのも随分と
  厚みがありますよ?」

こそりと
内緒で佇んでいたのを
上手に見つけたと、
とはいえ
時間が時間だからだろう、
喜色を滲ませつつも
やや遠慮がちなお声が立って。
しんと静かなそこは、
神社の境内の半ば。
頭上にやさしい緋色の
衣をまとった枝を見上げ、
白い頬や
品のいい口許を
ほころばせている人がいる。
時折吹きつける夜風こそ
まだ多少は冷たいそれだが、
掃除や手入れの行き届いた、
清廉清楚な場所にはふさわしく、
それは落ち着いた
静けさに包まれた空間であり。
そこへと植えられて
どのくらいとなるそれか、
なかなかにいい枝振りの
桜が数本ほど、
間を取りつつも
寄り添い合うよに立っている。
特に名のある樹でもなく、
よって、
ライトアップが
為されているということもなく。
それでのことか、
さすがに
茣蓙を敷いてまでという
本格的な
夜桜目当ての花見客は
ないものの。
境内のすぐ傍らの
通り沿いの、
街灯の明るさがあるせいで、
薄緋色の花群たちの存在が、
夜陰の中に
浮かび上がっており。

 「昼の間も、
  お散歩がてらという
  見物の人は
  おいでだそうですが。」

微妙に小さな神社なので、
お参りの人の
行き来の前での
宴会もなかろうと、
夜桜だけじゃあなくの
明るいうちも、
馬鹿騒ぎをしようという
存在はいない。
時折、
小学生くらいのお子たちが、
大人の真似っこか、
はたまた ままごとの延長か、
シートを敷いて
おやつを持ち寄り、
綺麗ねぇなどと
見上げていることも
ないではないが、
そうまで小さい子らでは
飽きるのも早いので、
結果、いつも静かな空間で
見事な桜花を堪能出来ると、
ご町内でも評判の、
住民たちには自慢の
神社であり。

 「桜は咲き始めると
  あっと言う間に
  満開になりますものね。」

 「……。(頷、頷)」

お重箱にお弁当詰めて
お出掛け…という格好の
お花見も、
先々週の
上天気だった週末に、
お隣さんとの合同で、
河川敷まで繰り出して
堪能してはいる。
そこもまた、
ジョギングロード沿いに
見事な桜並木があることで
知られていて。
ご町内の皆さんが 三々五々
同じように
繰り出しておいでだった
原っぱで。
まだぎりぎり
学校は始まっていなかった
久蔵と、
日曜出勤の振替という
休みを取った勘兵衛も
顔をそろえての、
うららかな陽気の下、
練り絹のような小花の緋白が
幾重にも重なりあう様も、
そんな枝々が
そよぐ風に
ゆったり波打つ壮麗さも、
そりゃあ見事だった
満開の桜を
満喫したものだったが、

 『よかったら
  出て来ぬか。』

まださほど
夜更という時間でも
なかったのに、
珍しくも勘兵衛が
そろそろ帰り着くという
電話を掛けて来て。
もはや昼間に
さんざん見飽きているやも
知れぬが、
この時間帯の桜も
見ておく価値はあるぞ
なんてお誘いだったので、
お出迎えかたがた、
こちらの神社で
待ち合わせることとなった。
JRの駅へ向かう通りからは、
微妙に外れる道筋なのだが、
分岐していても
先で元の通りへ合流する、
所謂“鍋づる”に
なっている枝道。
神社でとの
申し合わせをしておれば、
行き違うことも
まずはないしと。
珍しい格好の
御主からのお誘い、
断る理由もないまま、
二つ返事で応じてから、

 『久蔵殿も
  いかがですか?』

夜に出歩くこと、
お誘いするなんて
保護者失格かもですがと、
お声を掛けたのも
特に他意は無かった
七郎次であり。
むしろ、

 『 ……。(頷)』

留守番させるには
心配なほどの幼子でなし、
他でもない
勘兵衛からの呼び出しなのだ、
ちょっと出て来ますと言いおいて
出てってもいいところ…と。
選りも選って、
久蔵の側が感じての
微妙に戸惑ったほど。
久蔵に気を遣ったか、
いやさ、
まだまだ子供扱いの
これも延長か、
彼のそういう天然さを、
ふと今更
考えたくなりかかったものの、

 “だがまあ…。”

いくら
郊外の住宅地ではあれ、
陽が暮れてのちの
外出なのだから、
どんな不埒な輩が
現れないとも
言えないかも知れぬ…と。
護衛としての同行なのだと、
とっとと切り替えたらしき
次男坊であったようで。

  こんの、
  むっつりちゃっかりさんがvv
  (こらこら)




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