■小劇場 4

□夏休みの若人たちは
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大学生はどうかすると
六月半ばから、
高校生たちも
七月初めの
期末考査終了と同時、
事実上の夏休みに
入ったも同然という身となり。
そのまま
バカンスに繰り出したり、
バイトに繰り出したり、
合宿など
部活に繰り出したりと、
夏はいろいろお忙しそう。
この暑いのにお元気なこと、
さすがは
若さの為せる技だねぇと、
おばちゃんなんかからすれば、
フリーダムなお立場も、
それを生かし切れるだろう
無尽蔵な体力も、
好奇心をくすぐる
今時の娯楽の数々と
それへ対応の利く柔軟な感性も、
何から何まで
ただただ羨ましいばかり
なのだけれど。

 「例によって、
  久蔵さんは
  剣道部の活動だけ
  なんですか?」

一応は都内の、
閑静な住宅街の一角。
こんなところにという
意外な場所に
ひょこりと構えられた、
オーダーメイド
カスタマイズを請け負う
車輛工房があり。
そこの技術主任
兼 唯一の作業工員でもある
林田平八さんが、
息抜きがてらに出て来た
リビングへ向けて。
お庭越しに
手を振って見せたのが、
お隣りの島田さんチの
専業主夫、七郎次さんで。

 『暑気払いにいかがです?』

品のいい薄紫の餡をくるんだ、
透明な葛の
つるんとした食感がまた格別な、
適度に冷やされた
涼味満載な葛まんじゅうを、
差し入れだと
持参なさってくれており。
見た目は至って涼やかなれど、
だがだが、
作るにあたっては、
火にかけた鍋の中、
水に溶いた葛粉に
粘り気が出るまでずっと、
木じゃくしで力強く
掻き回し続けるという
苛酷さがついて回る代物。

 『ゼリーや寒天とは
  また違うんですよね。』

なめらかな食感が
夏向きであるのみならず、
葛には
喉に良いという薬効もあり、
また、根ものなので
ショウガのように
体を温める効果もあるため、
暑い暑いと
やたらと体を冷やし過ぎていても、
陰ながら支える格好で
働きもし…と。
手間が掛かるにもかかわらず、
夏の涼菓には
欠かせぬとされており。

 “だからってだけで
  手掛けられることじゃ
  ありませんのにね。”

特に気張って構えずとも
家人を思いやることが
何事にも優先される
七郎次だからこそ。
手間暇だと思いもせず、
頑張って作ってしまうし、
お隣りさんへのおすそ分けも
自然とこなせる。
やあ ありがたいなぁと、
作って来たご本人よりも
もっと目尻を下げてしまった
平八が、
そうそうそうと
口にしたのが、
そんな七郎次おっ母様が
猫っ可愛いがりしている
次男坊のことで。
お茶のほうは平八が、
片山さんチのキッチンから
クーラーポットごと
持って来た麦茶、
勝手知ったるで、
こちらのリビングに置いてある
サイドボードからグラスを選び、
めいめいへと
そそぎ分けていた
七郎次だったものの。
その手を止めることこそ
なかったながらも、
白いお顔には
甘い苦笑を浮かべつつ、

 「ええ、そうらしいです。」

内心では
可愛いなぁと思っているくせに、
表向き、
しようのない人ですよね
という顔をして、
是と応じた彼だったりし。
晴れればそのまま
気温もぐんぐんと上がって、
熱中症を
案じねばならない
猛暑日になり。
雨が降れば
災害レベルの
豪雨・雷雨が荒れ狂う、
極端から極端な
始まりようのこの夏だけれど。
いつの間に
“ハッピーマンデー”化
したやらな
“海の日”も過ぎて1週間。
学校はどこもかしこも
お休みとなったにもかかわらず、
リゾート以外の町なかでも
若者があふれ返っていて、
人出も活気も
なかなか引かぬのが、
日本の夏。

  …であるというに

島田さんチの次男坊、
高校二年生の
久蔵くんと来たら。
お友達と
旅行へ出掛ける計画もなく、
資金がないならないでの
アルバイトをするという
様子でもなく。
世に言う試験休みの間も、
ずっとずっと
お家に在宅していたようで。
その間、
七郎次さんの
自慢の庭のお手入れの
補佐だとか、
食中毒や
電気使用制限を考慮して
余計な買いだめは
控えましょうと
呼びかけられているが故の
こまめなお買い物の
補佐だとか。
はたまた、
夏場ならではな、
網戸やエアコンフィルターの
まとめ洗いの補佐だとかに、
日々
徹しておいでだった
ようだし、

 「しかも、昨年同様、
  節電と熱中症を警戒してか
  合宿はないとかで。」

この夏 一番最初に
もーりんが聞いた、
学校行事で
生徒が倒れたニュースも確か、
剣道部の練習中に
救急車が呼ばれた
それだったほどで。
屋内競技ではあるけれど、
練習着も装具も重く、
基礎トレは勿論のこと、
激しく打ち込み合う
武道である以上、
素振りや乱取りも
当たり前に
こなさにゃならぬ集中練習を、
蒸し暑い夏場に構えるのは
いかがなものかとのお声が、
関係各所から上がったため。
夏のインターハイへの
出場選手が
直前練習に集まるのを例外に、
各自、
体力を落とさぬよう
集中力を途切らせぬよう、
自主的な練習をするよう
指示があった
のみなのだとか。

 「そんな対処で
  大丈夫なもんなんですか?」

今時の子らは
要領ばっかり良いですから、
夏休み明けに
まとめてやれば良いや
…なんて、
宿題の一夜漬けと
一緒になりませんかねぇと。
仄かな梅味の桜色のや、
黒蜜をかける白餡の、
アンズ餡のオレンジ色のやと、
バリエーションも豊富な
葛まんじゅうをいただきながら、
案じてのお言葉を紡いだ
平八だったが、

 「サボれば結果は
  目に見える格好で
  自ずと現れますからねぇ。」

市立という
公立校ではあるが、
武道の名門、
指導者にも
目利き揃いの学校で、
だからこそと
遠方からわざわざ
進学して来た子も多数。
切磋琢磨も激しいので、
サボるなんて
自滅行為を選ぶ子は
少ないそうだし、
ましてやウチの久蔵殿は、
剣道一筋の
真面目な和子ですものと。
言わずながらも態度で語る、
鼻高々でおわす
七郎次さんだったりするのが、

 “…可愛いお母様
  ですよねぇvv”

日頃は
細く糸を張ってる目許を
ますますと細めての、
微笑ましいなぁと
苦笑が絶えなんだ
平八さんだったようで
ございます。

  そして、
  当の次男坊はと
  言えば……。




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