■小劇場 4

□夏も盛りの
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今年の夏も
凄まじい勢いで
猛暑が襲う日本でございまし。
直前の梅雨時期に、
何の前倒しか
早々と台風が暴れて
大雨が続いたから尚のこと。
湿気による蒸し暑さと、
日照りがもたらす
射るような
痛い暑さとの複合した、
最悪の猛暑が
ほぼ前触れなしに
お目見えしたといえ。

 「蝉の声が
  極端なんですよね。」

 「セミ、ですか?」

ええと頷いた七郎次が、
ほの甘い微笑を
その口元へと含んだまま、
軽く小首を傾げた
優美な仕草のほうにこそ、
ついつい
見とれてしまった平八だったが、

 「………あ。」

言われてみればと
気がついたのが、

 「そういや
  聞こえませんよねぇ。」

見やった窓の外には、
油を染ませた紙へ
塗ったような、
腰の強そな青い空。

  だがだが……
  あれあれ、おかしいなぁ?

明け方からすぐにも、
もう鳴いてるよ
元気だなぁって思うほど、
しゃんしゃんしゃんと
何匹もが五月蝿かったのに。
まだお昼前の
午前中であるにもかかわらず、
風と一緒に暑さに負けたか、
じりとも動かぬ
木立の陰と同じく
押し黙っているばかり。
それへと今
気がついたらしい平八が、
これのことですねと、
あらためての視線を
送って来たのへ、

 「むしろ、
  鳴き声が
  聞こえてたうちの方が
  涼しかったなぁって。」

苦笑混じりに
応じた七郎次であり。
眉を下げての
困り顔だったにもかかわらず、
それでも
“心から
 うんざりしております”とは
聞こえなくって。

 “風流なお人ですよねぇ。”

蒸し暑さのおまけのような
蝉の声さえ、
彼にかかってしまえば、
秋口の宵にお目見えの
虫の声と同じ扱い
なのだろうと思われ。
心にゆとりがあるってのは、
この七郎次のような
人のことを言うのだなぁと。
今日のお茶受け、
五郎兵衛謹製の水羊羹を、
つるんと味わいつつ、
今日ばかりは
“涼しいなぁvv”も
嵩増しされたような
気がした平八だった。






昨年も、
いやさ ここ数年の暑さは、
風鈴や打ち水、
たらい水に水うちわ
などなどという、
それならそれでと
編み出された、
昔ながらの
風流な暑気払いが絵になった、
そんなレベルを
遥かに越えている
凄まじさであり。
からりと晴れていたはずが
一気に黒い雲が押し寄せて、
バケツを引っ繰り返したような
勢いで降り出す
にわか雨や夕立も、
古くからあった
現象であるにもかかわらず、
今時のそれは
なかなか止まなかったり、
振り落ちた雨が
すぐにも氾濫したりと、
すぐにも牙を剥く
過激なそればかりなのは。
人の住む環境の
近代化も勿論あろうが、
ゲリラ雷雨と呼ばれるほどもの
強い低気圧が
すぐにも生み出されてしまう、
地球規模での温暖化と
列島近辺の亜熱帯化も
忘れちゃあならないと思われる。

  ……などという
  小難しいお話は置くとして。

そういや昨年は、
から梅雨かと思われたそれが
終盤盛り返すように
大雨続きに
なったものだから。
土中から這い出る機会を
微妙に逸したか、
夏らしい日和になっても
蝉がなかなか
鳴き出さなかったのを
覚えている。
ところが、
秋口の宵の虫の奏では
暦の通りに聞かれたので、
雨に祟られた訳でなし
…という差かなぁと、
妙なところで
感慨を覚えたのだけれど。
かように、
昨今の環境の変化は
鈍い人間が
気づいてるほどなのだから、
虫や動物たちにも
色んな格好で
堪えているに違いなく。

 「ヘイさんは
  作業に取り掛かると
  周囲のあれこれが
  耳目に入らなくなる
  お人なので、
  あんまり
  気がつかないんですよねと
  仰せでしたが。」

その分をゴロさんが、
夏らしいお料理やお菓子を
作ってくれたり、
夏祭りが間近いからと
話してくれて、
仕上げの日程の調整を
手伝ってくれたり
するのですって、と。
ご近所の神社まで出てって、
子供たちへの
ラジオ体操の
指導をしてののち、
午前の鍛練と
竹刀を振って来た
次男坊こと、久蔵へ、
微笑ましいお話でしょう?と、
ともすれば楽しげに
語る七郎次であり。
それへ、

『それって
 単なるお惚気じゃないの?』と

突っ込めるだけの
蓄積があったり、
はたまた機転が利いたとしても、
こちらの彼が相手じゃあ、
そんな攻性の強い
口利きなぞしなかろう、
こちらもこちらで
おっ母様にはべた甘な久蔵。
ふ〜んという
やや薄めの表情を
乗っけたお顔でいたものが、

 「…これと?」



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