■小劇場 4

□少しずつ秋めく
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暑さも半端ないまま、
それでも何とか
お盆を過ぎた夏ではあって。
西日本ではまだまだ
熱帯夜が終わらず、
熱狂のロンドン五輪が
終わっても
眠れない晩が
まだまだ続いている
そうだけれど。

 「陽が落ちると
  随分と過ごしやすく
  なりましたよね。」

日頃は凛々しくも
しゃんとしているものが、
どういうものか
夏の暑さにだけは弱い
七郎次が、
見るからに涼しげな
微笑み浮かべて
嬉しそうに口にするのへと、

 「……vv(頷、頷)」

そうだねという相槌以上、
恐らくは“良かったね”との
意を込めて。
そちらさんは
日頃の鋭角的な眼差しを
ずんとゆるめての柔らかく、
甘い微笑を浮かべて
大好きなおっ母様へと
まとわりつく、
次男坊こと久蔵だったりし。
ふんわりと
柔らかなくせのある
金の髪が、
けぶるようになって
額へも降りたその陰で、
端正なお顔に映える、
紅色の双眸が
一心に見上げて来るのへ、

 「ええ、大丈夫。」

いつもいつも
案じさせてごめんなさい。
先だっても
一刻でも早く済むようにって、
暑い中の草引きを
手伝ってくれましたものねと。
繊細な笑みと共に、
優しい白い手が
頬をそおと撫でてくれるのへ。
ううんと
含羞みながらかぶりを振るのが、
何ともたどたどしくて
愛らしいものの。

 “…の割に、
  先日の補佐任務では、
  特殊警棒だけで、
  ヘビー級のボディガード
  半ダースを
  瞬殺したのだが。”

経済新聞へと
視線を落としつつも、
その内心で
苦笑交じりに呟く
勘兵衛だったりし。
島田一族の人間は、
どんなに
才や技量に恵まれていようが、
当人も許諾していようが、
基本として
成年となるまでは、
正式な“務め”を
授かれる立場にはなれぬ。
任務を配される
立場の一員となるのは、
名乗りあげという儀を
経てからで。
だが、だからといって、
何の基礎もない身で
いきなり、
超法規的で且つ、
凄まじく危険な任務を
こなせるはずもなく。
一族に生まれた子供らは、
幼いころから
自然なこととして
身体的な鍛練を積むし。
それと同時に、
自身の周囲の大人たちが、
様々なところで
それは優れた
達人たちでありながら、
だが、
それを目立たせてはならぬと、
その身でその挙動で
示すことで、
徐々に
自分の生まれというものを
悟ってゆき。
ある程度まで長じたら、
何とはなく
察しもついて来るのを、
周囲も何とはなく
見取ってのことながら、
先で もしかして
途轍もない働きを
こなさねばならないからと、
厳しい仕事の補佐を
募っているのだがという話が、
十代半ばを越すと
振られるようになる。
ちょうど今の久蔵が
その年頃であり、
とはいえ、
本来はまだまだ伝令や見張り、
標的の注意を逸らすための
オトリなどという、
一般の素人でも出来るような
役回りが大半のはずが。
どれほどその技量を
見込まれている存在か、
幼いころから
群を抜いて辣腕ぶりを
発揮していた彼だからだろう。
本命相手ではないにせよ、
その周囲を固めていた顔触れ、
手ごわさでは
本命以上のSPを
畳む役回りを
振られもする
評価のされっぷりだそうで。


 草の皆さんから中枢へ、
 こっちの顔に関しての
 報告は
 飛んでかないのでしょうか

  答え;
   勘兵衛様が
   お手元において
   らっしゃるのですから

  ……ははあ。
  (ある意味、
   言葉を濁しましたね・笑)


一族の上位格、
宗家へ運ぶことの出来る
皆様の間では、
こっそりとながら
天女か菩薩かとさえ
言われておいでの
七郎次さんが相手。
そりゃあ
表情だって和むでしょうし、
甘えてしまいもする
というもの。
むしろ、
ああまで間近で
共に生活なさっているのに、
優しい心根へ
呑まれてしまわれることなく、
任務では
凍るような冴えた顔になり、
ああまで果断な行動が
取れるとはと。
勘兵衛様ばりに
切り替えをこなせるなんて、
これは先が楽しみな
逸材だとばかり、
むしろ、
そういう点を買われるネタに
なっている…というのは、
七郎次の耳へ入ったら
眉を曇らせるかも知れぬほど
皮肉なことかも。
それもあってのこと、
特務をこなす
名乗りあげをしていない
七郎次へは、
これ以上の心痛を
抱えさせる訳には行かぬ
という順番で、
絶対に悟らすなという
箝口令が敷かれても
いるのだが。

 「久蔵殿には、
  合宿がなくて
  物足りならなかったのでは
  ありませぬか?」

少しほど
早くなった落陽のせいだろう、
窓からそよぎ込む風も
一段と涼しい、
リビングのテーブルへ
食後のお茶の支度を整え。
きめの細かい
ムースケーキを
“どれにします?”と
選ばせながら、
優しい目許を
伏し目がちにしたまま、
そんなことを囁く罪なお人へと、

 「〜〜〜。////(否、否、否)」

どこへもやらないでと
同意なほど切なげに、
そんなこと言わないでと
訴えんばかりの懸命な眼差しで、
かぶりを振った
次男坊だったのへ。
ああこれは
困らせてしまったようだと、

 “そこは天然でも
  気がつくだろうさ。”

こちら様は
そこは大人だからと、
晩酌のサワードリンクを
勧められた勘兵衛が、
内心でそうと察して
こっそり苦笑をしておれば。
ごめんね ごめんなさいと、
延ばされた手を
とってのそれから、

 「お家に居てくれて
  私もどれほど
  頼もしいと
  助かっていることか。」

  なぁんて言いようを
  するのだもの、おっ母様。

 「…………っ☆」

グラスの陰になった
精悍な口元、
ついのこととて吐息つき、
苦い苦笑を浮かべた
御主だったのは、
決して
炭酸が少なかったからでは
なかったと思う人、
遠慮なく手を上げて。




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