■小劇場 4

□風の便り
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昨夜は
時折強い降りようとなり、
窓へ直接当たる雨脚が
ざざざあと
堅い音を立てるのが、
まるで
荒れた海の上にでも
いるような
錯覚を寄越したほどで。

今も、
強い風になぶられて、
まだまだ夏緑の梢が
大きく揺さぶられるごとに、
ざざんざんと
細波のような音を立てる。
遠くに時折聞こえるのは、
不意な風の訪のいに、
やはり驚かされて
逃げ惑うのか、
どこかへ飛び立つ鳥の声と
羽ばたきの気配。

 ……。

ふと、
風の音とも鳥の声とも違う、
何か
聞こえたような気がして。

  『…七郎次。』

身のうちへと
引き出されたのは、
懐へと
掻い込んだ自分へ呼びかける、
少し枯れたような、
だが響きのいい御主の声。
耳からでなく
頬を伏せた格好の
シャツ越しにも、
直に声で
触れてくださったように
聞こえたなと。
声だけでなく、
精悍な匂いや温み、
雄々しくも堅かった
胸板の頼もしさをも
思い出してしまい。

 ……。

知らず、手指を
固く握り込んでいた。

 ああ、こんなに
 気の弱いことでどうするか。

窓から見上げた鈍色の空へ、
ふと眉を寄せ、
祈るように呟いた。

 ……きっと無事に、
  お戻りくださいませ。










ふと、
風の音とも鳥の声とも違う、
何か聞こえたような気がして。
ハッと顔を上げれば、
視野の先には
仄かに甘い香りのする
白い花が咲いていて。
周りの緑にいや映える、
目映い練り絹のような
瑞々しさで揺れている。

  『……勘兵衛様?』

それへ添うように
胸中へと浮かんだは、
呼びましたかと
聞き返すように
自分の名を紡ぐ
甘やかな声やら、
口許へ白い指先を添え、
懸命に
不安を隠そうとする
ぎこちない笑みやら、
懐かしい存在の
姿や温度のあれこれで。

 走馬灯にはまだ早いわな。

普段は強い意思に
引き締められている
口許が、
ほのかな苦笑に
知らずほころんで、
だが、すぐさま、
脾腹に走った
鈍い痛みに襲われ、
同じ口許が
笑みごと引きつった。

 ……。

舌打ちしつつも
ちらりと、
目線だけで
見上げた空の青に、
誓うように呟く。

 …必ず、生きて帰る。






   〜Fine〜

   2012.09.18.





夜中、物凄い雨脚に
叩き起こされて、
つい走り書き。



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