■小劇場 4

□本日はお日柄も良く
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メイクやモードといった
ファッション部門と同様に、
その折々の
世相やブームを
反映したりした、
いわゆる
“流行”というものも、
あったりするのかも
しれないが。
日本のそれが
根強くイメージするのは、
やはり
“純白”ではなかろうか。
隠し事なぞ
ありませんとした上での、
潔い始まりの白だとか、
何にも染まらぬ無垢だとか…。

 “………。”

先行の組が
ガーデンチャペルから
飛ばしたそれだろか、
元気そうな鳩たちの
羽ばたきの音が、
ぱたぱたた…と
軽やかに届いて。
そんな窓辺に
立っていた彼は、だが、
不意なことへと驚いた
というよりも、
微笑ましいことが
降りそそいだというよな
表情になると、
すべらかな頬や口許を
やわらかく
ほころばせただけ。
そんな風に
いかにも落ち着いた様子で、
まだまだ瑞々しい
緑の勝る庭園へと
お顔を向けていた彼だったが、
こちらの視線に
気づいてだろうに、
その名を
呼ばれたかのような気安さで
室内の方へと振り返り。

 「思っていたより
  緊張しちゃいますね。」

照れたように、
恥ずかしそうに、
視線を揺らしつつも
口許が甘くほころんで。
余程のこと、
手持ち無沙汰なのだろか、
傍らにあったそれ、
優美な曲線に象られた
肘掛け椅子の背もたれへと
手を置いたけれど。
その手の間際には
純白の手套が
二つ折りに乗せられてあって、
椅子と対の
デザインのものだろう
小さめの卓には、
プラチナのカフスボタンが
入れてあった
ビロウド張りのケース。
すらりとした長身へと
まとったは、
いつになく畏まった衣装で。
仄かに光沢のある
ライトグレーの生地で
仕立てられた
ロングタキシードは、
日頃も
その所作のなめらかさで
着痩せして見える彼が着ると、
上背がずんとしまって
痩躯にさえ見える。
初婚とはいえ、
もういい年ですから、
純白のタキシードってのは
どうも恥ずかしくてと。
カタログの中から
彼自身が選んだ
フォーマルだったが、
シックな濃色のタイも
同じ色のチーフも、
襟元のさりげない
切り返しデザインが
利いているドレスシャツも、
小粋でありつつも、
彼自身の端正な風貌を
邪魔せず、
相乗効果を醸して
それはよく映えており。
くせのない金の髪を
うなじで束ねたその上へ、
それもまた
“装い”としての配慮だろう、
今日は濃青の
リボンスカーフが結ばれていて。

 『こういう装い
  なのですから、
  髪もいっそ
  すっきり整えて
  しまいましょうか。』

カタログに掲載されている
男性モデルたちは、
当然というのも何だが、
立ち姿の演出の内として、
爽やかながら
精悍なカラーも
利かせておいで。
スポーツ刈りなどのよな
極端な短髪とまでは
いかないが、
社会人に多い、
襟足すっきりという
長さが大半だったので。
その方が
自然かも知れませんねと
口にしたその途端、

 『…っ。』

まずは自分が、
つい弾かれるように
立ち上がってしまったし、

 『それは儂も
  同意しかねるな。』

これでも随分と
大きく譲っての、
遠回しな言いようを
選んだらしく。
穏やかな声音で
そうと言いつつ、
だがだが その手が、
テーブルに開かれていた
分厚いカタログ本を、
七郎次への断りもないまま
さっさと閉じていたことが。
そうとは
匂わせぬようにしながらも、
実のところは
穏やかならぬ胸中なの、
表していたのかも知れぬ。

 ―― そこまで乗り気な
   我らでは
   ないのだぞ と。

そんな態度を見せた
当人はといや、
今日も朝からいつも通りに
会社へ向かっておいで。
単なる顔合わせだ、
オフレコな社交の場だと
されつつも、
新規参入組の代表者の
人柄やお手並み拝見という
顔見せの場であったり、
大口顧客相手の
重要な接待や交渉の
場でもある、
様々なレセプションだの
会合だので。
即座に情報が要りような
事態へも、
メール一本、
時には ほんの
二、三言のみにて、
きっちり対応の効く
助言なり情報なりを
提示出来てしまえる懐刀。
情報量もさることながら、
超高級ホテルの
コンシェルジュも
顔負けだろう、
それをどう切り出すかへも
素早い機転や応用を
必要とされる、
役員クラス専任の
“黒子”役。
彼が応対するからこそ
発揮される、
深い洞察つきの機転は、
異文化圏からお越しの
高貴な方々へも
即妙洒脱と受けが良く。
それが功を奏して
まとまった外交まであった
というから、
そこから自然と、
政財界の主管からまで
お声掛けいただくほどの、
人脈豊かな商社と
認められてもいるくらい。
よって、
平日ではないからこそ
忙しく、
急に運んだような格好の、
今日のこの日の
てんやわんやへも、
残念ながら
優先はされぬと
不在な勘兵衛で
あったりするワケで。

 「…どしました?」

休日だというに、
お呼ばれにも等しい
外出だからと
制服姿の久蔵へ。
その襟元が
気になったものか、
一番身だしなみに
気をつけねばならぬお人が、
それでもついつい
手を延べるのは、
習慣だからというよりも、
もはや癖や習性の
レベルなのかも知れず。

 「ん、これでいい。」

二枚目ですよと言いたいか、
満足そうに
青玻璃の目許をたわめて
にっこり微笑った
七郎次のほうこそ。
頭の先からつま先まで、
誰がどこからどう見ても、
今日の良き日に
華燭の典を挙げる、
うら若き新郎としか
見えなんだのであった。





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小劇場づいてきたと思ったら、
いきなり妙な展開ですいません。
まま、枝番ということで…。



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