砂漠の王と氷の后

□黎明の丘
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古参の楽士の手元にて、
砂漠独特の楽器、
爪弾かれる絃が響かせるのは
どこか物寂しい印象のする旋律で。
それでいて、
そちらもまた楽器の一部なのだろか、
いかにも肉惑的な肢体へ、
陽に灼けた肌を透かすほど
薄い更紗をまとった踊り子の、
腰回りや
手首足首に巻かれた佩に、
玉すだれの如く
数多(あまた)下がった
小さなメダルたちが。
手振りや足踏みにて
刻まれる拍子に揺れ、
擦れ合っては
“しゃりん・しゃんしゃら…”と
涼しい音を立てる。
さすがは王宮お抱えの奏者らで、
踊り子が指先に挟んだ
小さなシンバルのような鐘や、
くすんだ金色を鈍く光らせる、
首の細長い中東独特の笛。
はたまた、
馬の尻尾の絃が張られた弓にて
弾かれる胡弓などなどと、
管弦交えた演奏は、
人懐っこい響きが
胸に染み入っての
たいそう心地よく。
それへと合わせた
踊り子の柔軟な舞いも、
その嫋やかさの中に
…多少は媚びる気配も
あるものの、
いやらしさは
さして感じない、
きらびやかで見事なもの。

 『明日にも
  お戻りになられる
  そうですよ。』

陽の落ちた後宮で、
ささやかな宴が催されたのは、
気温や陽の高さに
あまり大きな差はないながら、
それでもそろそろ
この地方にも、
冬が近づきつつあった
頃合いのこと。
それは広大な砂漠の国を治める
覇王・カンベエが、
珍しいことに
ほんの半月ほど前から
不在の王宮であり。
距離のある同盟国からの
急を知らされ、
それなりの軍勢を率いての
遠出だが、
今の彼を脅かす存在など、
一体どこの誰をと
想像すればいいのやら。
それなりの経験も積み、
本人の気性も加わってのこと、
それは堅実にして慎重、
されど、
いったん戦場へ赴けば、
誰より苛烈に巧みに
剣を振るうことで、
遠国までその名を馳せた
勇者でもあり。
よって、出征と言っても
実質は
…同盟を結んだ領への
“後ろ盾”役。
そこを威嚇する勢力への
目配りと牽制のための
視察のようなもの。
道程のそこここ、
立ち寄る各地で様々に歓迎を受け、
山のような貢物を捧げられ、
覇権がいかに確固たるものかを
あらためて世に示して
回っているような、
覇王による、
正しく“行幸”に他ならぬ
遠出であり。
そんな王が
やっとのこと戻ってくるぞという
報せを抱えた伝令が、
早馬により一足早く
都へ駆け戻ったのが今朝のこと。
お出ましになられた折、
孤閨となるを
寂しがらぬようにと、
後宮の王妃らへも
言い置いていかれた予定と
さして大きく違うこともない
日時であり。
よって、
そろそろお戻りというのは
判ってもいたのだが、
それでも、
王のおわした空気をまといし
使者による、
確たる事実と
知らされたは格別で。
執務室や居室を構えし
王宮棟はもとより、
数名ほどお抱えの
王妃やら女官やらが詰める
後宮でも、
雄々しい王の御帰還を
喜ぶ気配がさわさわ。

 ― だって やはりやはり、
  カンベエ様は
  わたくしたちの宗王様だから


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