砂漠の王と氷の后

□市場(バザール)にて
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     序



ほぼ赤道直下の熱帯地方、
しかも砂の大地では、
容赦なくの真上から照らす
太陽がもたらす灼熱と、
予見は不可な嵐が
間断なく運ぶ砂とが
人々の生活を脅かすが。
逆に、
そこをきちんと把握しておれば、
対処の取りようはある。
今時、もとえ…後世の
機密性の高い住居の
登場を待つこともなく、
例えば、
乾いた気候であるがゆえ、
直射日光さえ遮ってしまえば
日陰は意外なほどに涼しいし、
風の方も、
砂の侵入さえ防ぐことが出来るなら、
遮るよりもむしろ通せばいい。
そこで、
ぎあまんの窓を用いて
外気を遮蔽するより、
いっそのこと、
分厚い壁の内へ
贅沢にも空間を取って、
陽や風を遠乗りさせたれば。
砂交じりの風からは勿論のこと、
昼間の灼熱からも
陽が落ちてからの冷え込みからも、
身を遠ざける格好となり、
驚くほど過ごしやすいこと、
洞窟や地下水の冷たさから
人はとうに知っており。
一般市民の家で
大層な広さを取るのは
無理な相談かも知れぬが、
大分限の屋敷や、
果ては首長様がたの
王宮と来れば話は別。
防犯や警護の意味合いからも、
居室を屋外からは距離のある
奥向きに構えておれば、
苛酷な砂の国とは思えぬほど、
快適な住まわりようが出来るという。








 「  、………。」


意識が覚めるとともに、
ぽかりと目が開いたのは、
辺りがすっかりと
明るくなっていたからで。
天蓋から下がる
緞子や更紗の閨幕が、
何となれば
真昼でも陽を遮るはずだが、
今はその天幕が、
片側の少しほどを
引き開けられており。
直接は見えぬところにある
窓の方からの明るみが、
室内を隅々まで
明るく染め上げているのが
察せられ。

 「………。」

今でこそ
自分しかいない空間だけれど、
この広々とした寝間には、
少し前まで もう一人いた筈で。
落ち着いた柄目の
組木細工の小箱に、
爽やかな青の香料の瓶。
見回した中にあるのは、
贅を尽くした寝具や
小間物の数々だけであり、
他には…というと、
彼の残り香がするだけで。
その連れ合いが、
早くに目覚めて
起床して行ったその折、
朝だぞと囁く代わり、
少しずつ目覚めなさいと、
暁光と呼ぶには
ちょいと遅いめの刻限の、
それでも
朝ぼらけの仄明るさを、
供寝した年若い妃へ
置いていってくださったものと
思われる。

 「…………。」

彼が早起きなのは、
自分よりもずんと年寄りだからか。
いやいや、
彼には彼でないとという
特別な政務があるからだと、
頭のどこかでは
ちゃんと判ってはいるのだが。
それでもそれを蹴飛ばすほどに、
彼女を むうとむくれさせるのは。
一見すると
“独り寝”としか見えぬ
朝を迎えるのが、
どうにも
むず痒い不快さを運ぶからだ。
間が良ければ、
彼が起き出す気配にくすぐられ、
うっすらと覚醒しかかったところを、

 『おお、
  起こしてしもうたか。』

済まぬなとあの大きい手が、
金絲を愛おしむように
頭を撫でてくれるし、
こちらが
うつ伏せたままでおれば、
細い背へ軽くのしかかって来ての、
肩先に口づけ
落としていってくれもする。
夜陰に溺れた睦みの中、
悦の熱に霞む意識の中でくれた
それではなく、
甘くて軽やかな、
ついばむような接吻は、
そのまま
優しい二度寝へと誘なう
切っ掛けもくれるし。
はだけたままだった
肩や背中へこぼれ落ちてくる、
あの深色の髪の
くすぐったさもまた、
何とも心地がいいのにな。
それをくれなんだまま、
自分を置き去りにし、
とっとと出掛けてってしまった
伴侶が憎い。
むむうと口許曲げながら、

 「……。」

起き抜けなので
ヒジャブだケープだをかぶるでなし、
それでも、
簡略ながら室内着姿のままなのを
確かめつつ、
むくりと無造作に起き上がった
こちらであること。
懸命に
気配へと耳をそばだてて
いたらしい侍女が
気づいたのだろう。
自分の気配は消し切っての、
そんなまでして意識を傾けていた割に、
それと判りやすく、
遠くのくぐりから
姿をちらりと見せたのも。
微妙な気分であろう
妃への万全な気配りの一つであり。

 「〜〜〜。(否、否)」

こちらを向かぬまま、
ふるふるとかぶりを振られた
その所作にて、
用があったらお呼びになるとの
意を拾う。
お若いだけあって、
日頃はスパッと軽快に
お起きになられる妃様だが。
今日のような
お渡りの後の朝だけは、
何とはなし
怠惰な気分のときもあろう、と。
他の宮様のところの
先輩の侍女からも聞いてある。
そして、

 「………。」

今朝のキュウゾウの場合も、
それに似たような感覚に、
いまだその身を
包まれていたにはいたけれど。
実は…
それだけの理由で
人を寄せたくなかった訳じゃない。
確かに、昨夜は
それはそれは甘い
蜜の時間を過ごしもした。
あんの大ダヌキの覇王と来たら、
下手をすれば
自分の父と変わらぬ年頃のくせに。
(烈火の姫様、
 それは言い過ぎ・笑)
最初は幼子をあやすように、
若しくは
幼い爪しか持たぬ仔猫が相手、
どんなに暴れても障りなしとの
余裕でいるかのように。
他愛ないお喋りのそこここに、
わざとこちらが
ムッとするよな
やり取りを交えていたり、
古酒の堅い蓋が開けられないのへ、
どらと余裕の手を延べて来たりして、
こちらが激発しやすいような
“伏線”を敷いておいてから。
やおら、
カッと仕掛かったこっちを
ひょいといなして押さえ込み、

 「〜〜〜〜〜。」

いやあの、
コルクが堅かったのへは、
何もそこまで怒ることじゃ
なかろと言われはしたが。
それを…
何もあんな耳元で
言わなくたって
いいじゃないか、とか。
その折の、
普段よりも低められてて、
少しビブラートがかかってた
声の響きが思い出されたのは、
枕元に置かれてあった、
くすんだ真鍮の火皿の横に、
件のコルク栓が
無造作に置いてあったからで。
飲み尽くした酒の栓なぞ
捨てればいいのにと思う端から、

 「〜〜〜〜〜。////////」

言葉も返せぬ妃が
そのまま真っ赤になったのへ、
“如何したか”と
なおも声を掛けて来た、
わざとらしい意地悪を
思い出したからで。
徐々に密着してゆく
身の熱さよりも、
こちらの鼓動が
伝わりはせぬかとの
動揺の方が大きくて。
それでの気づけずにいる内に、
その身を、寝台の上、
真綿の詰まった敷布に
縫い止められており。
カンベエの屈強な肢体は頑健で、
重厚なほどに重くもあったが、
でもでも、あのその……。

 “重くは、
  なかった、かな?/////////”

素直な描写で
“〜んvv//////”とばかり、
真っ赤になったまま、
口許たわめて一人照れていたものの、
その細い肩が
再びはっと跳ね上がると、

 「…………。」




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