ワケあり Extra 6

□どこでも気ぜわしい時分なので
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誰かからのメッセージではなかったものか、
頬にあてがう所作はしないまま見下ろして居た画面を、
二人にも見えるようにと提示する。
単なるスマホにしてはやや大きめのツールのクリアな液晶画面には
この界隈のそれだろう地図が呼び出されており、
何かのゲームのマップのようなその中、点滅する点がなめらかに移動しているのが観て取れて。
縮尺の関係から考慮しても、この素早い動きはヒトの動きであるなら確かに不自然。

「短距離だけじゃない、マラソンもお得意なのは知ってますが、
 時速50キロというのは尋常じゃありませんよね。」
「当然だ。」

それはそれで極論だが
42.195キロを1時間足らずで走破してどうするよと、
険しいお顔になり、スツールから立ち上がる榊先生にも、事態の傾向は伝わった模様。

「車での移動のようだが、まだセレモニーは始まってなかろうに。」

急な会場の変更での移動ならならで、
ぼんやりしていてもそこは躾が行き届いている久蔵が居場所の変更を連絡してこないはずがない。
何より、こうして平八にそんな現状を伝えてきたくらいだし…と、
そこへ思考が辿り着いたらしい兵庫殿。
自分もカウンター下へ突っ込まれてたジャケットを慌ただしく羽織っているお嬢さんへと目を向けたのへ、

「ああ、これって久蔵殿が自主的に送って来たものじゃないんです。」

そちらでも何を問われているのか、あっという間に察した平八。
その上で、
えっとえっとと、何て言えばいいものかと一瞬眉根を寄せてから、

「あのお人、どんな困った事態に陥っても自力救済しか考えないじゃないですか。」

深刻そうな、しょっぱそうなお顔になって、
人差し指をピンと立て、
ここ重要と、しかも困ったもんだと言いたげに口にしたひなげしさんなのへ

 “それは彼女(久蔵)に限った話じゃあないだろう” と

ついつい思った榊せんせえと五郎兵衛さんだったが、
そこはこの際、突っ込まずに置いといて。(う〜ん)
各々 上着を整え、五郎兵衛殿は車の鍵を壁から外した鍵束の中に確かめつつ、
話の先を促すよう二人そろって視線を送れば、

「なので、助けてって意味じゃあない、
 例えば スマホが手元にないとか、
 武装が足りないとか、車っていうアシが要るとか、
 そういう事態でもこれを引っこ抜いたら私の元へ通知が飛ぶからっていう、
 要請用のピンブローチやヘアピンなどなど渡してあるんですよ。」

しかもしかも、あとで訊いたら、
自分で引き抜いたんじゃあなく、そも自分で装着してもない。
髪のセットの仕上げに、自前のアクセサリーの中から選ばれた髪飾りがたまたまそれだっただけ。
掴みかかられた折、相手の服に飾りの部分が引っ掛かり、
土台を残して引き抜いた格好になっただけだというから、

『…そういうのも強運の持ち主というのだろうか。』
『何の、本人は助けを呼んだようで不本意だという顔だったぞ。』

といった困ったもんだの後日談はともかくとして。
店の営業は慣れのあるバイト数人に目顔で任せ、
大慌てで店から出た3人は少し先の駐車場へと駆け足で運ぶ。
その間にも、平八は探査用の画面を表示中のタブレットを見やっており、

「裏通りへ逸れましたね。」

駅前の繁華街の大通りほど人目がそうまで注がれるとも思えませんが、
それでも今時分ですから、配達の車も多いし。
駅前の幹線道路へは遠回りして出るつもりかなぁと、
的確に状況を口にするお嬢さんなのへ、

「すぐにも追おう。」
「ああ。それと、島田殿、いや、佐伯さんに連絡を。」

腕に覚えがあるからと言って、
素人だけで片づけようと構えていては、
日頃からお嬢さんたちへお説教している意味がない
…とまで思ったというよりも。
例えば緊急な交通規制とか、特別な緊急避難的対処への許可だとか、
(ex, よそ様所有の建物へ突入しての大暴れとか…)
警察関係者がいてこその素早い融通を利かせてもらう事態になりかねぬと案じてだろう、
五郎兵衛が駐車場へと入ったそのまま自分のスマホを手にした時だ。

「あ…。」

ひなげしさんがまたもや意外そうな声を出すので、
大人二人がぎょっとする。
心臓に悪いと表情をこわばらせ、今度は何だと目顔で訊いたのがさすがに伝わって、

「車が止まったらしいです。でも、こんな何にもないところで停まるかな。」

交差点でもなし、最新のGPSマップなので工事中ならその詳細も合わせて表示されるのにと、
首を傾げた挙句、別のツール、もう少し大きめのタブレットを
ジャケットの背中部分からよいせと引っ張り出した平八で。
それをてきぱき起動させる傍ら、五郎兵衛が店の配達にも使っているボックスカーに歩み寄る。
平八はどうやら、この界隈に自分で設置して回った監視カメラへのアクセスを取ろうとしているらしく、

「まさか、久蔵が何かしたとか?」

さほど焦ってはない電脳小町さんなのへ、
久蔵の危機というよりむしろそっちを期待し、
もとえ、懸念しているものかと恐る恐る訊くあたり。
ご本人は意識してないかもしれないが、
ただただか弱く震えてはないだろなという
それもまた困った方向での目串を刺してる兵庫さんでもあるらしく。
そこへと特に変わったことでもなさそなトーンで返されたのが、

「聴いてないですか? 榊せんせえ。
 久蔵殿、実は“超振動”使えるようになってますから。」

「…☆」

あ、やっぱり知らなかったのか、
そりゃまあ、こればっかりは言ってもらうか実際に目で見るしか気づきようがないもんなぁと。
声もないまま愕然としてしまわれた校医のせんせえに、ついつい同情しちゃった五郎兵衛だったが、

「…車を破壊したか?」
「機能の何かをぶっ壊して不具合させたってところでしょうな。」

実はすでに平八から聞いて知っていただけに、
こちらはそういう考察も出来るという一言を付け足した彼だったのには、

「…。」

何でまたお主までが詳細に通じておるかと、
言葉を失う校医の先生の真顔にぶつかり。
おおうしまったと気遣いからの狼狽半分、
焦りつつも言葉を足した五郎兵衛曰く、

「あ、いやいや。
 久蔵殿とて、刀レベルの得物でも持っていない限り
 そこまで大きな作用は出せまいと思うてな。」

例えば、いつもの特殊警棒とか。
ああ…あれは出がけに没収しておいたからなと、
どんだけ“人間兵器”なままのお嬢さんかを評し合ってる大人二人へ、

「それより早く向かいましょう。」

とっとと車のドアを開け、自分が運転席に座りかねないひなげしさんを、
やや、お待ちなさいと五郎兵衛が制す。
助けに行くのか制しに行くのか、
もしかして加勢しに行くつもりかもしれぬ威勢の良さなのへ、
しまった、こちらのお嬢さんもあちらの彼女と同類項だった、
自分たちと同じベクトルでの把握はしてないらしいと改めて気づかされておれば、

「位置は動かなくなったが点滅は忙しいままだぞ」

こちらは、やっぱり心配か、
久蔵の居場所を示しているタブレットへの注視を
後部座席にて注いでおいでの榊せんせえへ、

「あ、それって座標を3次元展開したら…」

前方の助手席からひなげしさんがひょいと手を伸ばし、
ちょいちょいと操作されると画面が切り替わり、3Dの鳥瞰図ぽい地図へとチェンジする。
すると、久蔵らしき点滅はとある建物の中を垂直に移動していると判明。

「ここって改装中のショールームですね。
 久蔵殿が自分で飛び込んだのか、
 相手が巧妙に待ち伏せなり回り込みなりをこなして追い込んだのか。」

けろりと言ってのける平八だが、

「おいおいおい。」

男性陣の方はそうはいかない。
それがかつての昔の あの野伏せりらとの合戦中のことならば、
ああそのくらいの画策は出来ようと安んじて聞いてもおれることだが、

「日頃、どういうチームワークで
 不良や暴漢どもと相対しているのかが見えたようで
 そら恐ろしいぞヘイさんや。」

「え〜、そうですかぁ?」

女子高生がたった一人で追い回されて、
さぞや怖い思いをしておろうという感慨が出るならともかく。
平八の言う通りなら それはお元気かつ俊敏に活劇中の久蔵といい、
それを 頼もしいなあ こちらも早く駆けつけねばという方向で
解釈しているひなげしさんといい。
おっかないにもほどがある彼女らの物差しを、何とか修正できないものかと、
本気で頭を抱えた保護者の皆様だったのは言うまでもなかったりしたのであった。



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