ワケあり Extra 6

□誰にもナイショの…
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もうすっかりと陽も落ちて、
窓の外にはビロウドのような深みのある漆黒のとばりが広がるばかり。
庭の遊歩道沿いには
茂みや花壇を照らし出す外灯やフットライトがところどこ設置されているようではあるが、
そんなしつらえから外れた辺りは、窓からこぼれる明るみにほのかに染まっているばかりで。

 “…寒っ。”

薄氷のようなは大仰だが、
それでも夜気にはシフォンのブラウスへするすると染み込むような冷たさが垂れ込めてもいて、
外套どころか上着さえ羽織ることなく出て来たことをすぐさま後悔したくなった。
父上の画壇仲間にあたる壮年の皆様で集まって、
この一年の画壇のあれこれを酒の肴にしようという集い。
年末の納会に引き続いて…というか、
片方にしか参加せぬのは縁起が悪いと、花街でのお月見のような言い回しをし、
新年は新年で顔見世の集まりが同じ面子で催されるのも まま想像できた話であり。
こちらの主人の娘さんが七郎次と同じくモデルを担当しており、
他のお人も 奥方や似たような年頃のお子さんを連れてくるよな、
肩の張らないアットホームな集まりではあるのだが。
高校生くらいの年頃では、
親に引き回されるより普段から仲のいいお友達と過ごす方が断然楽しいお年頃ゆえ。
立場はお互い様なのでという苦笑を交わしつつ、
明日が早いのでと親御の尻を叩いてはやばやとお暇させるのが上手になっていたり、
学校の冬合宿がありますのでと、自分の都合で先に帰ったり、
そこはそれぞれ手慣れて来てもおいでなようで。
そんな中にあって、社交辞令にはやはり長けているはずの七郎次じゃあるのだが、
いかんせん、父上がこちらのご主人とは若いころからの仲良しと来て、
何なら泊まっておゆきなさいと、遅くまでの居残り組側にとっとと尻を据えてる始末。

 “もうもう父様は〜。”

古株の口うるさい顔ぶれたちから、
やれ 新進気鋭とはよく言ったもの、華族の末裔の道楽にすぎぬとか、
やれ サブカルとやらに歩調を合わせ、今時の若い層へ媚を売る小賢しさが鼻につくだの、
悪しざまに揶揄されまくりの刀月殿。
たまには気心の知れた人たちとゆっくり語り合いたい気持ちも判るので、
強硬に“帰りましょうよ”と無理強いもしにくい。
しようがないなぁ、今宵は我慢して差し上げましょうかと
早の帰宅は諦めたものの、
さすがに夜も更けてくると
おじ様がたへのご機嫌うかがいや愛想笑いも疲れたのでと、
先に寝間へ下がらせてもらうこととなり。
その切っ掛け作りも兼ねてのこと、
控えの間に上着やポーチを取りにと逃がれたところ。
大窓の向こうに浮かんだ冴えた月影が目を引いて、
ついついお呼ばれのおめかしのままテラスへ出た次第。
暖房が効いていたこともあり、早々に上着を脱いでいたことがこんなところで仇となり、
上品なシフォンのブラウスに染み通る、冷たい夜気に肩をすくめ、
細い背中を丸めるようにしたそのまま
ううう寒い寒いと邸内へ引き返そうとしかかった七郎次だったが、

「え…?」

控えの間のポーチの先、街灯の明かりの届かぬ辺り、
何かの倉庫らしい小さな小屋造りの建物の影へ、
ほんの一瞬だが、何かの影が泳いだような気がした。
踵を返した刹那の、視野の端っこに引っ掛かったという感触だけに、
木立があっての梢が揺れて見えただけとか、
広間で何か余興をしていて、その仕掛けの効果に使われた光が洩れたのかもとか、
そういった可能性もあっただろうが。
そして、そうであっても違っても、
何かあやしいと思ったならば、誰か大人に声を掛けて対処してもらえばいいものを。

「…。」

そんなざわつきを相手へ気取られて
まんまと取り逃がすのは癪だと構えるところが…久蔵さんを窘める資格なしというところ。
室内履きの足元を、ポーチから連なる小道に敷かれた石畳の上へと下ろし、
庭からの死角でこの寒い中では外に出る人もおるまいと気が緩んでか、
小屋掛けの壁へ立てかけられてあった 掃除用だろうシュロの箒に手を伸ばしつつ。

 “先手必勝っ。”

そちらへは三和土のように踏み固められた地面だけなのが幸いし、
小走りになっても足音が立たなんだそのまんま、
一気に駆けつつ、箒の柄をくるりと使いやすいよう持ち替え回す。
日頃から瞬殺は紅ばらさんの専売特許のような配置となってはいるけれど、
なんの、白百合さんもそこは剣道部の“鬼百合”と謳われる身。
太刀筋の冴えとそれから、身ごなしの軽やかさでも群を抜いて秀でておいでで。
ベロアのほぼサーキュラーに近いフレアスカートを優雅にひるがえし、
距離にして五間ほど、10メーターほど離れた奥の闇だまりへ
飛び込むように箒の柄という切っ先を突っ込ませたところが、

「…っ!」

そこには何の影もなく。
いやさ、ほんの一瞬前までは何かがいた、ちゃんと視野の中にも存在を収めた。
目串の通りとあって一際胸が高鳴ったのに、
箒の先が届くのを躱すよに サッと巧みに身を逃がした小癪さよ。
だがだが、歯噛みをしている場合じゃあない。
視野の中にいないということは回り込まれて背後を取られたやも知れぬ。
突っ込んだ勢いをあえて殺さず、小屋掛けの壁へ開いた手をつき、
冷たい漆喰の感触をとんと掌底で突くと勢いを載せ、
ぐるんと振り返りざま、その動作に添わせ、箒をぶん回したものの、

「…っ!」

思いがけない距離に相手が立っており、
しかもこちらが柄を掴んでいる手ごと得物の攻撃を掴み止められてしまったものだから。
至近にあった大柄な輩の存在感と、あっさりとくるみ込まれた相手の手の大きさとに、
わあと心持ちが跳ね上がり、珍しくもその気勢を突き崩されかかる。
だって、反撃なら弾き返すつもりだったのに、
痛くはないまま掴まれたこの手は頼もしいまでに力強く、しかも暖かで懐かしい。
それに、こちらへ間近になった相手の肩からこぼれる髪の長さといい、

「もしかして…。」
「それはこちらのセリフだ、七郎次。」

小屋掛けの軒の下、文字通り陰になっている場所、
よって互いのお顔は暗がりの中へ没しているはずなのだが、

 “月にも勝る、色の白さだからの。”

それに、今日のこの屋敷での催しは
警戒対象への把握として全容を浚ってもいた、警視庁捜査1課強行班の島田警部補。
知己も知己、
日頃はどうしても逢う機会が作れずに
寂しい思いをさせ続けの年下の想い人さんが、
親御と共に来賓として招かれていることくらいとうに知ってもいたわけで。
よって、

「陽も落ちたというに、そんな薄着でなぜ出て来た。」

しかもこんな物騒なものを手に、と。
そこまで察していたならば “何で”と訊くだけ回りくどいぞと、
ひなげしさんが居たならツッコミを入れたろし。
紅ばらさんが居たならば、
いつまで手を握っておるかと、睨み殺されそうな殺気まみれの凝視を受けたに違いない。
とはいえ、今宵はその二人もいない。
そのような薄着でと叱っただけあって、
箒を掴む七郎次の手から自身の手を除け、
それを寂しいと後追いするよに“あっ”という表情をしかかった白百合さんへ、

 ぱさり、と

自分のスーツの上着を脱ぐとそのまま肩へ掛けてやる。
お約束ではあるけれど、
寸前まで羽織っていた人の温みや匂いがし、
そのまま抱きしめられているような包まれ方になるのが

「…あ。////////」

ドキドキが相手へ聞こえないかと心配しちゃうほどにときめくし、
見上げたお顔、やっと夜目に馴れた視野の中で柔らかく笑っておいでなのが、
うひゃあ〜〜、どうしよう〜〜vvと
自身の胸の内にて小さなシチちゃんが駆け回っているほどに
慌てふためきが止まらぬレベルで素敵でならぬから、

 “は、反則だ、勘兵衛様ったら。///////”

普段あんまり逢えないのも、こういう時にはドキドキを加速させる。
あれもこれも反則技だと、
抗議の文言を必死で紡いで…やっとのこと理性を保っていられるなんて。
あの大戦のころの自分ならこうまで初心じゃ無かったろうにと、
そんなことまで持ち出して、
その実、見上げた愛しいお人のお顔から 視線が離せぬ情けなさ。
あまりに判りやすい“愛しい愛しい”を向けられて、
さすがにこれへ気づかぬような “朴念仁”ではないけれど、

「ほれ。家人が案じるぞ。」

もと居た窓辺までを歩んでくれて、さあお帰りと見送ってくれる。
押し出されて、だが、ああと
上着を返すのに、大きなスーツの襟元へ手を掛ければ、
肌身という間近に触れていた残り香が、
ますますと胸に切ない感傷を招くが

「…そのような顔をするでない。」

打ち捨てられるような表情にでも見えたのか、
吐息を一つついた勘兵衛、
手を伸べて来て、七郎次のすべらかな頬へ伏せるようにと触れさせると、

「この護衛監視に鳬がついたら、そうさな、どこかへ出かけよう。」

勘兵衛から言い出したのは珍しく、
しかもしかも、こちらからのおねだりでないからには、
絶対に果たしてくれる貴重な約束でもあって。

「はいっ。////////」

やったぁと、これまた判りやすいほどに喜色満面、
明るみが弾ける音が聞こえそうな笑顔になったのへ。
言った側までたじろぐ威力、あっさり押された 名うての警部補様だったそうで。

「風邪ひかれずに頑張ってくださいねvv」
「ああ。お主もな。」

浮かれすぎたか、ああしまった、何でここにおわすのかを訊いてないと、
後悔したのは寝床についてからだった、
珍しいほど翻弄されちゃった白百合さんだったそうでございます♪



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